【レン】エレナと女王と・【スザンナ女王】イリーナのことば
【レン】
周囲は霧が薄く立ち込め、足もとでは湿り気を帯びた草が静かに揺れていた。
遠くでニワトリの鳴き声がする。
もうすぐ日が昇るのだろう......。
女王が鋭い視線を俺に向けている。
(女王軍はどこだ?
どこに配備されているんだ?)
女王が単独で行動するなどありえない。
軍隊を引き連れているはず.......。
素早く周囲を確認したが、見える範囲に軍隊の気配は感じられない。
(俺はどうなってもいいが......アリッサとリック、サラは守らないと......!)
斧をにぎる手に力を込める。
「ウォーカー殿」
そのとき、ふいに女王の背後から人影が現れた。
俺は斧を前方に素早く構えた。
「お前は......」
女王の背後から現れたのはエレナだった。
「エレナ......。なぜ......」
女王に寄り添うように立つエレナの姿に俺は驚いた。
エレナは、闇の森でニナの護衛をしてるんじゃないのか。
「ここにいるのは、女王とわたしだけです。
女王はいま、お忍びで闇の森に滞在しておられるのです」
俺の疑問を解消するように、エレナが口を開いた。
「まさか......エレナ、お前が女王に俺の居場所を話したのか!?」
エレナは俺の居場所を知っていた。
何度か、ディルたちと一緒にウチの宿屋へ遊びに来たこともあったのだ。
エレナは俺の目をまっすぐに見ると、コクリとうなずいた。
「なぜだ......。なぜ、裏切った」
俺は手に持った斧をエレナに向けた。
「やめろ、ウォーカー」
女王がエレナをかばうように、彼女の前に出た。
「アリッサと子どもたちだけは......傷つけさせない!」
俺が怒鳴ると女王は静かな声で言った。
「お前たちを傷つけるために来たのではない。
聞け......。イリーナが天にのぼった......。
イリーナは神に召されたのだ」
「なんですって!?」
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驚いた。
イリーナさまが亡くなられたという話は、まだヴェッセルの街までは伝わってきていなかった。
「急だった。あの子は......長い間病に苦しんだ。
だが、ようやく解放されたのだ」
「そう......なのですか......」
イリーナさまを救うこともできた。
それなのに見捨てた。
女王はきっと恨んでいるに違いない。
俺を殺しに来たのか......?
アリッサや子どもたちも根絶やしにするつもりじゃないのか?
背中に冷や汗が流れ落ちる。
(だが、女王は兵士を引き連れていない......?
......エレナと二人きりだなんておかしい。
なぜだ......)
「私はお前にイリーナの言葉を伝えに来たのだ」
「イリーナさまの......お言葉......?」
なぜ私を救ってくれないのか。
そんな恨み言を聞かされるに違いない。
そう思っていたのだが。
女王は口を開いた。
「イリーナは言っていた。
ようやくグレッグに会えるわ.......と......」
グレッグ。
イリーナさまの目の前で亡くなった彼女の婚約者。
イリーナさまは、グレッグのことをずっと愛していたのだった。
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【スザンナ女王】
柔らかな日差しが差し込む、イリーナの寝室。
もう長らく、床に臥せり続け......イリーナは外の空気を吸うことも無くなっていた。
手足はやせ細り、顔は骸骨のよう。
落ち窪んだ目だけは、キラキラと美しく光っていた。
「イリーナ。
諦めるでない。実はお前を復活させる秘薬があるのだ。
大蛇の生き血だ!レン・ウォーカーの子どもが持っている」
私はイリーナの手を握ると言った。
「今、大陸中に兵士を放って、やつを探しておる。
きっと見つかる」
「生き血......?」
イリーナは、不思議そうに私を見た。
「お姉さま......何をおっしゃっているの」
イリーナは、フフフと笑った。
「あたしは、グレッグのもとへいくのです。
ようやく彼に会える。
いま、幸せでいっぱいなのです」
そう言うと、本当に幸せそうに笑った。
「いやだ!私はお前を失いたくないのじゃ」
私は、涙を流した。
涙がポタポタと、イリーナのベッドに落ちる。
「お姉さま、泣かないで。
あたしは、幸せなのですよ」
そういうとイリーナは私の手をぎゅっと握り返した。
死の淵にいるものとは思えない力強さだった。
「これがあたしの寿命なのです。
グレッグに会いに行けるのです。
あたしの寿命を魔術で伸ばそうとなんてしないで......。
そんなことしても、あたしは嬉しくないわ」
「イリーナ......」
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「......その3日後......イリーナは天に召されたのだ」
女王はエレナに支えられるように立っていた。
みると、前に会ったときよりもやせ細り顔色も悪い。
長い間、病に苦しみ続ける妹を見続けて、女王自身もひどく苦しんできたのだろう。
「イリーナさまの永遠の安息を祈ります」
俺はひざまずくと頭を下げた。
女王は黙ってそんな俺の様子を眺めていた。




