【レン】イリーナさま
「お兄ちゃん、早く行こ!」
サラがリックの手をグイグイと引っ張る。
「遊ぶんじゃないんだからね。
お勉強するんだよ?」
リックはしゃがみ込んで目線をサラに合わせるとそう言った。
「分かってるもーん」
サラはリックを見上げて笑っている。
俺とアリッサはそんな2人の様子眺めていた。
二人とも大事な俺たちの子どもだ。
リックと俺は、血がつながっていないこと。
リックのほんとうの父親の命を、俺が絶ったこと。
リックが大蛇の力を受け継いでいること。
その力を欲しがっているものが大勢いるということ。
......すべて、リックには話せていない。
リックは11歳。
まだほんの子どもだ。
いつか話す時が来るだろう。
「あなた......。闇の森からディルたちが来るのって確か今夜よね?」
アリッサが俺の手に自分の指を絡めながら、そう聞いてきた。
「そうだったね。楽しみだ」
闇の森の屋敷とこの宿屋は近い。
ディルたちは、たびたびこの宿に遊びに来てくれていた。
--------------------------------------
「カイに、イリス.....元気そうでよかったわ」
夜になり、宿泊客たちが寝静まったころ......ディルたち一家が到着した。
ニナは男女の双子……カイとイリスを出産していた。
人形のように愛らしい子どもたちだった。
「カイ!一緒に古地図をみないか?」
さっそく、リックが、カイに声を掛ける。
「うん。みたい!」
ふたりはリックの部屋へと駆け上がっていく。
「こら!お客さんが寝ているんだから静かにしなさいよ」
アリッサが、ふたりを注意した。
「イリスはあたしのお部屋で、お人形遊びしましょう?」
サラは、イリスにそう声をかけると、ふたり仲良く手を繋いでにっこり笑い合う。
「うふふ。子どもたち、すっかり仲良しね?」
ニナが俺に笑いかける。
「そうだな。会うのを楽しみにしていたようだ」
カイもイリスも魔法使い。
数百年の寿命を持つことは間違いなかった。
......サラは、カイやイリスよりも早く成長し、老いていくだろう。
サラは......普通の人間だから。
ただ、リックは.......人間ではない。
このさき数千年、生き続ける可能性もある。
今のところ人間と同じ成長スピードだが……。
この先どうなるのか未知数だった。
ディルとニナには、リックが大蛇の子どもであることを打ち明けてある。
俺とアリッサの亡きあと......リックを見守って欲しいと伝えてあった。
-------------------------------
子どもたちはそれぞれの部屋で遊んでいる。
ディルとニナ、それにアリッサと俺は食堂の広いテーブルに向かい合わせにつくと、ワインを開けた。
木皿に乗せられたパンやチーズを食べながら、それぞれ、近況を話し合う。
燭台に載せられた蝋燭の光がチラチラと揺れていた。
やがて、ディルが深刻な顔をして口を開いた。
「イリーナさまがいよいよ、危ないらしい」
「そうか......ご病気が悪化したのか」
イリーナさまの優しい笑顔が脳裏に浮かんだ。
「女王は血眼になってお前たちを探している。
こつぜんとベルナルド家から姿を消した、アリッサとレン.....それにリックのことを探しているんだ」




