【レン】リックの痕跡
【レン】
「レザナスに、人身売買のブローカーがいます。
そこから当たるのが早い」
エレナの言葉に従いレザナスの街へと、ひた走る。
やがて俺とエレナは、腐敗臭漂う暗黒街に到着した。
レザナス。
大陸随一の魔境。
マントの帽子を深くかぶると無言で街の中心部へと進んでいく。
(レザナスの街にふたたび来ることになるとは)
以前俺はこの街のエルフから、女に変身できる錠剤を買い取った。
それを飲んで、タダール城へ乗り込んだのだ。
フィリップに支配され、闇にのまれていたタダール城。
毒草の中毒症状を起こし、狂人として北の塔に囚われていた人々。
あの頃のことが、次々と脳裏に浮かぶ。
......なんだか、もうだいぶ昔のことみたいだな。
レザナスの街は相変わらず、悪臭が立ち込め、目付きの悪いゴロツキがあちこちにたむろしていた。
苔むした湿り気のある石畳の両わきに、より掛かるように立ち並ぶ小さな家々。
窓からは、怪しげな人影がこちらの様子をじっと伺っている。
視線を動かさずに、前方を見つめたまま歩き続ける。
常にいつでも剣を抜けるよう、緊張状態は保つ。
この街に一步、足を踏み入れたならば、キョロキョロとあたりを見回さないほうが良い。
不慣れな様子を見せれば、あっという間にカモにされ身ぐるみ剥がされてしまうからだ。
リック。
無事でいてくれ。
パパが助けてやるからな。
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街の中心部。
薄暗い路地に広がるバザールの奥深く。
薄汚れたテントの張られた店先には、錆びた剣や呪文の刻まれた羊皮紙が無造作に並んでいる。
俺とエレナは買い物客を装って、テントの奥にあるレンガ造りの店舗の内部へと足を踏み入れた。
先ほどのテントの売り物とは異なり、建物の内部には禍々しい水晶玉や7つの尾をもつ鳥の剥製など......。
値の張る高級なものが売られていた。
店の奥には、小さな鉄製のドアがある。
あの奥に......リックが囚われているのかも。
何の変哲もない古代の呪物を売る店のようだが......。
実はここは、ならずモノ組織「ノーザンスカイ」のボス、アイヒンのアジトだった。
アイヒンは、人身売買にも関与していて市場の動きをつねに把握している。
大蛇の子どもという、レアな「商品」が動き出せば、当然、アイヒンの耳にも入るとみて間違いない。
アイヒンがすでにリックを買い取っていて、どこかの富豪に売る可能性も高かった。
「アイヒンに会いたい」
店舗の奥で腕組みしてこちらを睨みつける男に、そう言った。
男は黙って首を横に振る。
俺は男に金貨を見せた。
だが黄金に輝く金貨を見せても、男の表情は微動だにしなかった。
「とっとと失せな」
男は凄みを利かせて、俺たちを睨みつける。
(時間が経てば経つほど、リックの生存確率が下がる......
ここは強行突破だ)
俺はエレナに目で合図すると、男のみぞおちを思い切り肘で突いた。
「ぐふっ」
男は胃液を吐き出し、苦しそうに身を2つに折る。
だがすぐにナイフを振り上げて反撃してきた。
飾られていたヘビの剥製が倒れ、水晶がテーブルから落ちて粉々に割れる。
俺は男のふるったナイフをよけると、脚をかけて相手を床に押し倒す。
そして剣をヤツの喉に突きつけた。
「......」
男は黙って俺を睨みつけている。
「.....奥に何人いる?」
扉の向こうに、何人の敵がいるのか知りたかった。
「俺の仲間が5人いる!」
男は扉の奥を見つめながら言った。
ドアの向こうに5人の敵がいるのか?
それにしては、今の乱闘騒ぎの音を聞きつけて飛び出してこないな。
居眠りしているやつが一人か......ツイていれば、誰もいないのかも。
男の喉元にナイフを当てたまま、ヤツの耳元でささやいた。
「嘘をついたら、喉を切り裂く。
もう一度聞く。
......扉の向こうに、何人いるんだ?」
男はしばらく俺を値踏みするようにみつめたあと、小さな声で言った。
「今は、誰もいねーよ。
みんな出払ってる。
檻の中にエルフとそれに赤ん坊がいるだけだ」
「赤ん坊だと!?」
男の言葉に胸がはやる。
きっとリチャードに違いない。
俺は男の首を絞めて気を失わせると、エレナに向かってうなずいた。




