【アリッサ】バケモノの子ども
【アリッサ】
兵士をとりまとめる隊長のユーシンが、乳母を拷問することになった。
拷問は兵士の懲罰房で行われるという。
庭園の裏側、日当たりが悪く、湿気が多い石造りの建物。
「奥さまは、こんなところに来る必要はないですよ。
罪人の病気がうつるかもしれません」
隊長や他の兵士はそう言って、反対した。
「だめよ、あたしも立ち会うわ」
あたしは、そう言って、兵士たちの静止をはねのけた。
乳母の話を一秒でも早く聞きたかったのだ。
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ネズミが隅を這い回り、かび臭く、薄暗い小部屋。
幼い頃ふざけて、ここに入り込んで......父にひどく叱られたのを思い出す。
(お父さまとお母様は引退されて、遠く離れた別荘で隠居なさっている。
あの二人が今、ここにいればどんなにか心強いだろう.......)
涙が流れ落ちそうになったけど、グッとこらえた。
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乳母は手荒なことをされるのを怖がり、あっという間に白状した。
乳母は、自分が処刑されることを自覚したのか......あたしに対して乱暴な口をきいた。
「.....あんたの子どもが、大蛇との間に生まれた子だっていうのは、使用人の間では有名な話さ」
「なんですって!」
「当たり前さ。背中にウロコが生えてる。おまけに旦那に、ちっとも似てないじゃないか」
乳母はペッと床につばを吐いた。
こんな女にリックの世話を任せていたなんて.......あたしは本当に愚かだった。
あたしは、乳母の頬を思い切り叩いた。
彼女の鼻から血が流れ出る。
「リチャードをどこへやったの!?
今すぐ言わないと、目玉をくりぬいてやるわ」
怒りに震える声で乳母に言うと、隊長や兵士たちが、驚きの表情をみせた。
「人身売買の仲介業者に売り渡したんだよ。
明け方、屋敷の裏門でそいつに......あの化け物の子どもを引き渡した。
その様子を、侍女のヨナに見られたんだ。だからヨナを殺して物置に隠した。
ヨナが、完全に死んでいなかったのはあたしのミスさ。
人殺しなんてはじめてだったからね」
あたしはまた乳母の頬をなぐった。
涙が流れ落ちた。
リチャードのことを化け物とよんだ、乳母が憎くてたまらなかった。
「ふん。まさかヨナが女王のスパイだったとはね。
どおりで、あの化け物の子どものことを、いつも見張っていた訳だ」
もうこれ以上耐えられない。
この狭い部屋でこの女と同じ空気を吸っていたくなかった。
「首を切り落とすのは、まだ待って。
もしもリチャードが見つからなかったら、もっと残忍な方法で処刑するから」
あたしはそう言うと、拷問部屋から出ていった。
握りしめた拳が震える。
リチャードは、女王にさらわれたのでは無かった.......。
人身売買の業者に買われてしまったのだわ。
レンは.......。
レンは、王宮へ行ってしまった!!
あたしが「女王の仕業に違いない」と決めつけたせいで......。
もう今から、追いかけても彼に追いつける者はいないだろう。
あたしが......。
あたしが、リックを助けに行くしかない。
拷問部屋から、隊長のユーシンが出てきた。
「奥さま。乳母は、リチャードさまを引き渡した相手の名前も吐きました。
今から、私がカノンの街でそいつを捕らえますので、ご安心を」
「リックがさらわれてから、だいぶ時間が経ってしまったわ。
カノンの街に未だいるかもわからない」
「急いで行ってまいりますので」
ユーシンはそういうと一礼した。
「だめよ!!あたしもいくわ」
「で、ですが」
ユーシンは言いよどんだ。
分かっている。
あたしが彼に着いていけば、「足手まとい」になるとでも言いたいのだろう。
腰まである長い髪の毛に、リボンやレースのふんだんに付いたドレス。
ゆっくりとした動きに立ち居振る舞い。
大きな胸......。
女でさえなければ。
あたしが女でさえなければ、いいのだわ。
「どうしても行きたいの!!
あなたの足手まといにはならないようにするから。
すぐに......準備するから!!お願い、待っていて」
あたしは急いでレンの執務室に入った。
彼の机の引き出しを次々に開けて、中を探る。
(ないわ......どこにもない
どこへやったの?レン......)
「あったわ!!」
ようやく見つけたのは、レンの古い革カバンの中だった。
タダール城でレンは「女の姿」のミナになってあたしを助けに来てくれた。
(レンはこの錠剤を飲んで、ミナに変身したのだと言っていたわ。
それなら、あたしが飲めば、男に変身できるはずよ)
あたしは、薬の粒をひとつぶ飲み込んだ。
そして急いでレンのズボンとシャツに着替えた。




