【レン】判断
【レン】
馬が鼻からフーッと息を吐き出した。
首を軽く叩いて落ち着かせる。
こうしている間にも、リックに危険が迫っている。
エレナの言う通りリックが人身売買の連中に捕まったのなら......王宮に行っても無駄足になってしまう。
街の悪党どもの組織に切り込むのが早いだろう。
だが......。
疑問が浮かんだ。
(エレナの話を信用して良いんだろうか。
彼女は女王と深い仲にあるのだ。
エレナは王宮で拘束されたときに、会いに来てくれたりしたけど。
必ずしも味方だとは限らないんじゃないか......)
俺は、目の前のエレナの顔をじっと見た。
エレナも試すようにこちらを見つめ返す。
(考えてみれば、ここでエレナと出会ったのは、出来過ぎではないか。
王宮に向かう俺を足止めしようと、女王の命令で待ち伏せしていたのかも)
しかし、リックをさらったのが女王でないとしたら?
王宮に向かっている間に、リックは遥か彼方に連れ去られてしまう。
残忍な連中に売り買いされて、もう二度と見つからなくなる。
血を抜かれ放題、抜かれてしまうかもしれない。
小さなあの子の体が傷つけられてしまう。
くそっ、どうするのが正解なのか。
「ウォーカー殿。
私を信用できない......そのお気持はわかります」
エレナが俺の心を読んだかのようなことを言う。
「たしかに私は女王を今でも愛しています。
ですが、今現在......私の主君は、ディル・ブラウン様ただお一人。
貴方は、ディルさまの義理の兄にあたるお方だ。
ということは、私が貴方を裏切るはずがないのです」
エレナはさらに続けた。
「貴方をダマシたり裏切ったりすれば、ディルさまは私の首を切り落とすでしょう。
いえ......首を切り落とされるのが怖いわけではない。
私は主君を裏切るような、信頼を汚すような、そんな恥ずべき行為は決して出来ない」
エレナは真剣な目で俺を見ている。
「私はディルさまのご命令とあれば、たとえ愛する女王相手にも反逆の狼煙をあげます」
「リックは.....リチャードは俺の実の子どもではない。
知っての通り、あの子は大蛇の子どもだ」
俺はため息を付きながら言った。
「だが、自分の子どものように心から愛している。
もしも、お前が俺を裏切ったりすれば、ディルよりも素早くお前の首を切り落とす」
「承知しております」
エレナが即座に答える。
決断すべきときだった。
大きな決断になる。
手綱を持つ手にじっとりと冷たい汗をかいていた。
「......お前を信じる」
エレナの真っ直ぐな瞳。
そして、主君への忠誠を誓う言葉......。
彼女を信じろと本能が叫んでいた。
俺の言葉を聞いたエレナは、深くうなずいた。
「ウォーカー殿。けっして後悔はさせません。
行きましょう!」
そういうと、エレナは俺の走ってきた道を指差した。
「レザナスに、人身売買のブローカーがいます。
そこから当たるのが早い」
エレナは馬の手綱をひき、やがて全速力で走りはじめた。
俺は彼女のあとを追いかけた。
 




