【レン】リックがさらわれる
「そんなバカな」
頭の中が真っ白になった。
「レン、リック......リックがいないのよ!
きっと女王の手先が奪っていったに違いないわ......」
アリッサが大粒の涙を流して、俺の側へ駆け寄ってきた。
そして、俺の胸を握りしめた拳で激しく叩きはじめた。
「あなたがいけないのよ!!女王にはっきりと断らないから!!」
アリッサは、力いっぱい俺の体を叩いた。
俺はアリッサに気が済むまで殴らせたあと......彼女を抱きしめた。
「リックのことは必ず取り戻す。
......俺を信じて欲しい」
アリッサは俺の抱擁から身を捩って逃れた。
「あなたのことなんて、信じられないわ!
あなたは、イリーナさまと浮気したんでしょ?
それに、あたしに謝罪もせずに、ほかの女とベタベタしてる」
「ほかの女と?何を言ってる?」
「見たのよ。庭をくっついて歩いていたじゃない。
......もういいわ!!
あたしがリックを取り戻す!!今から王宮へ行くわ!!」
アリッサは明らかに混乱し、取り乱していた。
「アリッサ......俺は浮気なんかしてない。落ち着いてくれ.....」
---------------------------------
リックが屋敷から忽然と姿を消したのは、ある朝のことだった。
夜間、リックはアリッサの部屋と乳母の部屋の間に挟まれた子ども部屋で寝ている。
夜中に泣き声が聞こえれば、アリッサか乳母が駆けつけるといった寸法だ。
その日の朝......。
乳母とアリッサがリックの部屋に入っていくと......。
ベッドの中にリックがいなかったのだという。
「リックは!?一体どこに行ったの」
アリッサは乳母に詰め寄った。
乳母は驚愕の表情を浮かべて、首を激しく横にふる。
「ぞ、存じません。
昨夜は一度も泣かなかったので......よくお休みだったのだなと」
「リック!?リック!」
アリッサは部屋中をさがしまわった。
小さな子ども用のタンスの中やベッドの下まで覗いたが、リックはいない。
兵士や使用人総動員で、朝から屋敷や庭をくまなく探したが......リックは見つからなかった。
まさか......と思ったが、庭の池の中までさらった。
リックが池の底から見つかったりしたら......と思うと、心臓が凍りつくような思いだった。
「どこにもいない......」
「きっと、女王の手の内のものが、リックをさらったのよ!!」
アリッサが涙を流しながら叫ぶ。
「レンのせいよ!!」
アリッサは俺をののしった。
誰かのせいにしないと、気がおさまらないのだろう。
俺は屋敷の使用人や兵士、侍女、侍従を全員大広間に並ばせた。
姿を消しているものや、不審なものがいないか......調べるつもりだった。
すると、侍女が一人見当たらなくなっていた。
「ヨナがいないようだが......。いつからいないか、分かるか?」
俺はヨナと親しくしていた侍女たちに聞いた。
侍女たちは口々に
「ヨナは昨夜までいた。一緒に寝床に入った」
と言う。
「ヨナが怪しいわ!彼女がリックを......あぁ、どうしよう」
アリッサは震えながら床に座り込んだ。
ヨナが......リックを連れ去ったのか。
忽然と姿を消したところから見ると、そう考えるのが妥当だろう。
彼女が、女王のスパイだったのか?
女王がリックをさらうようにヨナに指示を出した......?
でも......。
......イリーナさまは、まだ数年はお元気でいられるはず。
治療師も占術師もそのような判断だったと聞く。
ならば、リックはまだ必要ないはずだ。
なにか......腑に落ちない。
リックの無邪気な笑顔が浮かんだ。
早く見つけ出さなくては.......




