【レン】アリッサを怒らせる
アリッサを怒らせてしまった。
彼女は俺のことを「ヒドイ」と何回も言いののしった。
そんなふうに言わなくても。
まるで俺が人でなしみたいじゃないか......。
おまけにアリッサは、イリーナさまと俺の仲を疑っているようだった。
俺が城に閉じ込められ、どれだけアリッサのことを恋しく思っていたか。
俺の愛する人はアリッサだけだということが、彼女には分かってない。
リックのことだって、俺は可愛くてしかたないと思っている。
リックが泣いていれば、居ても立っても居られないし、お腹をすかせてないか、痛いところはないかと心配だった。
リックがニコニコと笑って、お腹いっぱいで、スヤスヤ眠っていると自分自身も安心していられた。
自分が子どもに対してこんな感情が持てるなんて......正直、思いもよらなかった。
それなのに。
アリッサは、俺がリックのことを少しも愛していないと思っている。
さらに彼女に対する愛まで疑うなんて。
(なんだよ......俺だって女王に喜んでリックを差し出そうなんて思っていない。
どうしたらいいか......冷静に二人で話し合いたかっただけなのに)
屋敷に戻ってからも、アリッサは俺のことを無視した。
そして俺がリックに近づこうとすると、リックを遠ざけて俺のことを睨みつけた。
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夜になって、寝室で二人きりになったら、また話し合おう。
そう思っていた。
なにしろ、食事の席でも他の場所でも......。
兵士や使用人や侍女、乳母の目が常にあった。
誰がスパイなのか分からない。
(俺とアリッサの話が女王に筒抜けになったら、マズイ。
とくにアリッサが、女王を悪く言っていることが伝わったら、女王に何をされるか分からないし)
自分の屋敷の中にも敵がいる......そんな気がして落ち着かなかった。
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(アリッサが来ないな)
寝室でアリッサがやってくるのを待っていたのだが、一向にやって来ない。
(まさか......)
俺は廊下でアリッサのお付きの侍女を捕まえて聞いてみた。
「アリッサが寝室に来ないんだが。
どこにいるか知らないか」
侍女は俺から目をそらすと、言いにくそうにした。
「怒ったりしないから、教えてくれ」
そう頼むと......。
「奥さまは、今日は一人で眠りたいとおっしゃって......」
「えっ?一人で?」
侍女が言うには、アリッサは、客間に寝床を用意させ......そこで眠っているという話だった。
「そ、そうなのか」
「きっと、月のものかなにかで......お体の調子がすぐれないのだと思います」
侍女は慌ててそう言い添えると、一礼して去って行った。
(そんなに、俺のことが嫌になったのか.......)
アリッサがいるであろう、客間をノックしてみた。
「アリッサ.....いるんだろ?」
室内から明らかに人の気配がした。
しばらくしたのち、
「......いるわ」
というアリッサの声が聞こえてきた。
「俺が悪かった。
でも聞いてくれ......」
「それじゃあ、女王に手紙を書いてくれる?
リックの体は傷つけません。お断りします......って」
「女王の命令に背く......それがどんなことを意味するのか、分かってるのか?」
小声で言ったけど、廊下を通る使用人がチラチラと、こちらに視線を向けてくる。
(まずい......こんな会話、スパイに聞かれでもしたら.....)
「女王の命令なんか、怖くないわ!
子どもを守るのは、親の役目よ?」
アリッサの大声が中から聞こえてくる。
廊下まで丸聞こえだ。
「アリッサ、とにかく中へ入れてくれないか」
使用人にこれ以上、話を聞かれたくなくてアリッサに頼んだ。
「いやよ。レン......今日は一人で眠る」
アリッサはそう言ったきり、返事をしなくなった。




