【アリッサ】乳母よりも世話をしてくれている
風がサッとふいて、白い綿毛がふわふわと飛んだ。
「お花の種が風に飛んでるのよ。
きれいね」
あたしは、綿毛を目で追って「キャキャキャ」と喜んでいるリックに話しかけた。
レンのお仕事がお休みだったので、あたしとレン、それにリックの3人でピクニックに来ていた。
ここはベルナルド領の端っこで、滅多に人が足を踏み入れることが無い草原だった。
領土の端っこではあるけれど、木や草はきちんと手入れされ管理されていた。
小高い丘になっていて、カノンの街やベルナルドの屋敷が見下ろせた。
登ってくるのはすこし大変だったけど......がんばって来てよかったわ。
大きな木の下で、あたしたちは敷物を広げて座り込んだ。
「気持ち良い場所だな」
レンはゴロンと仰向けに横になっている。
「小さい頃、父と母と3人で来て以来だわ。
あたしはまだ5歳か......それくらいだったと思う」
「今のリックよりは大きかったんだな」
レンは肘を枕にして横向きになると、あたしのほうを見た。
「そうね」
あたしは、うなずいた。
レンは、リックの世話をよくしてくれていた。
もしかしたら、乳母よりも世話してくれているかもしれない。
散歩やお昼寝の寝かしつけ、それに絵本の読み聞かせ。
......最近は食事の世話にまで手を出しはじめた。
リックもレンのことが大好きで、彼が抱くと機嫌がいいし、よく食べ、よく寝てくれる。
あたしは......とても嬉しかったけど......。
でも、ちょっと心配だった。
(レンは、無理しているんじゃないかしら......。
男の人は、自分の血の繋がった子どもでさえこんなに世話したりしないと聞くわ)
ぼんやりと物思いにふけっていると、
「リック、ほら美味しいぞ。口を開けて」
というレンの声が聞こえてきた。
びっくりして目をやると、レンがりんごのすりおろしたものを、リックに与えていた。
「レン!!それは、あたしがやるわ」
思わず大きな声を出してしまった。
リックは自分が怒られたのかと思ったのか、
「ふわぁぁあん」
と泣き出してしまう。
「ご、ごめんね、リック。
大きな声を出して」
「アリッサ、ごめん。
まだ、食べさせる時間じゃなかった?」
レンも、申し訳無さそうな声をだしている。
「そうじゃないんだけど」
あたしは泣いているリックを抱いて、あやした。
「ヒック、ヒック」
リックは目に涙をためて、あたしを見上げている。
「ほうら、可愛いお花だよ。泣き止んで」
あたしが道中でみつけた可愛いお花の束を、レンがリックにみせた。
リックはしばらく泣き止まなかった。
でも少しすると、泣きつかれたのか、うとうとしだした。
「まって......。
リックが寝そうだわ。
寝かしつけてしまいましょう」
持ってきた小さなかごの上に乗せて、揺らすとリックはすぐに眠り込んだ。
「やっぱりアリッサは上手だな。
俺がやると、リックをベッドに置いた瞬間にいつも目を覚ましてしまうんだ」
「寝床に置くときに、コツがあるのよ」
リックの胸のあたりを静かにトントンと叩いた。
静かな寝息をたてている。
「......寝たわ」
「そうだな」
レンと二人、リックの顔を覗き込むと、目を合わせて笑いあった。
あたしはレンの方に自分の頭を持たれ掛けさせた。
レンはあたしの頭をゆっくりと撫でる。
二人で黙ってカノンの町並みを眺めた。
「平和だな......それに幸せだ」
レンがポツリとつぶやく。
「アリッサ.....話さなきゃいけないことがある」
ふいにレンが低い声でそう言った。
あたしは、ようやく、彼が話す気になったのだと思った。
王宮から帰ってきて以来、レンはずっと、あたしに何かを話そうとしていて......。
でも言い出せない......。
そんな雰囲気をかもしだしていたのだ。
(きっとなにか、深刻な話に違いない)
そう思うと不安で、心臓が激しく脈打った。




