【レン】涙
カーン、カーン、、、。
教会の鐘の音が街中に響き渡った。
今にも泣き出しそうな曇り空のもと......グレッグの葬儀が執り行われていた。
トッド家の紋章のついた旗を先頭に、棺を載せた馬車......親族や従者たちの長い葬列が組まれた。
葬列はファインズ家の焼け跡から出発し、テンザンの街中を練り歩き、そして教会へと向かう。
聖職者が唱えるレクイエムがこだまし、教会の鐘の音ときれいに重なり合った。
俺は列の後尾をノロノロと歩いていた。
俺のせいだ。
グレッグが死んだのは......。
火事を引き起こしたあの男……フレッチャーは俺に深い恨みをもち、復讐の機会をうかがっていたのだということが、ほかの招待客の話から分かった。
フレッチャー家の当主である、あの火事を起こした男……。
あの男が誰なのか、正直思い出せなかった。
だが、俺は100年以上の年月を生きてきて、大戦に何度か加わった。
殺した人間は数え切れない。
俺に恨みを持つ人間は、一人や二人ではないだろう。
あの白髪で頬に火傷のあとがある男......。
あいつも俺に深い恨みをもっていたのだ。
いつでも正しい道を判断し、選んできたつもりだが。
それは自分にとって正しい道であり、他人にとってはまたべつの解釈となる。
とにかく、俺が招いた災だ。
グレッグが死んだのは俺のせいだ。
グレッグの無邪気な笑顔が目に浮かんだ。
イリーナさまに夢中だったグレッグ。
「どうして、そんなに強くなりたいんだ?
貴族なら、守ってくれる護衛がいくらでもいるだろう?」
訓練中、俺はグレッグにそう尋ねたことがある。
すると彼は
「愛する人を自分の手で守りたい」
......そう言った。
グレッグはイリーナさまを守りたいと考えていたんだ。
涙がじわりと出てきて、慌ててぬぐった。
人の死には慣れているはずなのに。
どうしようもなく胸が苦しかった。
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数日後.....王宮にて、俺は女王の謁見に賜った。
赤い絨毯の上でひざまずく。
女王は暗い表情で、玉座から俺を見下ろしていた。
「イリーナさまは......どうしておられますか。
火傷の具合は......」
決まり切った挨拶のやり取りのあと、俺は女王に尋ねた。
イリーナさまは腕に火傷を負っていた。
それに心に深い傷も......負っているに違いなかった。
「火傷はあとが残るだろうが、治りつつある」
女王はため息混じりに言った。
「......そうですか」
問題は心の傷だ。
簡単に癒えるものではないだろう。
「俺のせいです。
俺が招いた災なのです」
女王に深々と頭を下げる。
「聞け、レン・ウォーカーよ」
女王が俺の名を呼んだ。
「お前は、炎に囲まれた棺の中のイリーナを救った。
それに犯人のフレッチャーとともに、業火に焼かれそうになったイリーナを救いもした。
まず、そのことについて、礼を申す」
女王は王座から立ち上がると深々と頭を垂れた。
両壁に並ぶ兵士たちがギョッとして身じろぐ。
女王が誰かに頭を垂れるなど、ありえないことだからだ。
「陛下......頭を上げてください。
イリーナさまが助かったのは、トッド卿のおかげです」
俺は、女王にそう言った。
グレッグの体当たりがなければ、イリーナさまは間違いなく業火に焼かれていたのだ。
「今回の災いをもたらしたのは、俺の責任です。
俺さえいなければ、こんなことにはならなかったのに」
思わず、声が少し震えてしまった。
「お前は災厄をもたらす男のようだ」
女王は小さな声で言った。
「占術に長けているシャーマンに占わせた。
お前は、そういう星のもとにいる。
そんな危険な男とイリーナを婚姻させようとした......それはわたくしの責任なのだ」
女王の言葉に顔をあげる。
「そう。トッド卿の死は、お前のせいではない。
わたくしの責任だ」
「女王陛下......」
とつぜん、女王は大声で、周囲の兵士に命じた。
「謁見の間から出ていけ。
このレン・ウォーカーと二人だけで、内々の話がしたいのじゃ」
女王の一番近くに控えていた近衛隊長が、驚いて反論する。
「し、しかしそれは......規則に反します」
「わたくしの言うことが聞けないのか?
お前たちは、燃え盛る炎の中にわたくしを置いていったな?」
「......っ......」
近衛隊長は言葉に詰まる。
「よい!あのときのことはもう良いのじゃ。
いいから、いますぐ、このレン・ウォーカーと二人きりにせよ」
女王の言葉に、兵士たちは一斉に足並みをそろえて謁見の間から退場していった。
兵士が出ていき、静まり返った謁見の間には物音一つ聞こえない。
色鮮やかなステンドグラスを通って描かれた床の虹色の模様を、俺はぼんやりとみつめていた。
「女王陛下......。内々のお話とは......」
恐る恐る聞くと、女王は背後を振り返りながら言った。
「エレナ!出てくるがいい」
王座の背後にある、ライオンの紋章が描かれたタペストリー。
その背後から、エレナが姿を表した。
「エレナ......?」
「レン・ウォーカー、今回のことをすべて話す。
まずはわたくしが、アリッサの子どもを欲しがったこと.....
覚えておるか?」
「もちろんです。陛下は子どもを……リチャードを欲しがっていた」
俺は頷いた。
女王は俺との最初の謁見で、アリッサと大蛇の子どもが「欲しい」と言っていたのだ。
女王は続けて言った。
「お前を城に留め置き、イリーナの夫にしようとした理由も話そう。
エレナにも聞いていてほしいのだ。
エレナは私の大切なひとなのだから」
エレナは、静かに目を伏せていた。
(エレナが女王の大切なひと.....?
エレナは以前、王宮で働いていたと言っていたが......女王と深い仲だったというのか)
エレナと女王の顔を見比べる。
だが二人の表情からは何も読み取れなかった。




