【イリーナ】結婚の約束
目を覚ますと、棺のなかだった。
しかも周囲は炎に包まれていた。
あたしはもう、何が何だか分からなくて......怖くてたまらなかった。
(どうしてこんなことになったの!?)
混乱する自分の記憶を手繰り寄せる。
......そうだわ......。
あたしは、見知らぬ男に剣を突きつけられた!
そのあとグレッグが助けに来てくれて......。
周りを業火に包まれて、ものすごい熱さを感じていたはずなのに......。
記憶がよみがえって、あたしの背中は冷水を浴びたように冷たくなった!
グレッグが男に剣で刺される場面を思い出したのだ。
「グレッグ!!」
叫んだ。
(グレッグはどうなったの!?
待って......炎の向こうにグレッグの姿が見えるわ)
彼の方へと手を伸ばす。
グレッグ.....。
あたしはバカだった。
ライラに......他の女性に貴方を取られそうになって、初めて気付いたの。
あたしはグレッグのことが好きだって。
グレッグは、レンさまのように、見た目がいいわけでもない。
ずんぐりと太っていて、動きも鈍い。
あたしは目の前に現れた、カッコいいレンさまに目がくらんでしまった......。
でもね。
レンさまと一緒にいても、あたしはちっとも楽しくなかったの。
彼は確かに素敵な男性だけど......あたしは緊張してばかりだし本音で話せない。
この舞踏会でレンさまと踊っていても、楽しくなかったわ。
グレッグ。
今までに参加した、あなたと踊った舞踏会のほうが、あたしは楽しかった。
心から笑えたの。
幼い頃から一緒だったグレッグ。
一緒にお菓子を食べていろんな話をしたわね。
なんでも話せたし、気を許せた。
大切なひと。
あたしは、グレッグ......あなたのことが大好きなの。
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燃え盛るファインズ家のお屋敷から、なんとか抜け出して......。
あたしたちは、森の奥まで逃げてきた。
レンさまは背負っていたグレッグを、そっと草の上に寝かせた。
「グレッグ!!グレッグ」
あたしは、グレッグに目を覚ましてほしくて......彼の名前を何度も呼んだ。
「う......」
グレッグが、眉をしかめて唸り声を上げた。
「グレッグ!!気がついたのね!」
彼の手をぎゅっと握る。
「お姉さま、レンさま......グ、グレッグが意識を取り戻したわ」
近くで見守っている、姉とレンさまの顔を見上げる。
二人は、なぜか黙り込み、悲痛な表情をみせていた。
(どうしてグレッグを治療師のもとへ、運ぼうとしないの?
なぜ二人ともそんな風に、諦めたような表情をしてるの?)
「グレッグは助かるわ!」
あたしは二人にそう叫ぶと、グレッグの前髪を撫でた。
「イリーナ」
グレッグが薄く目を開けてあたしの名前を呼んだ。
「ここにいるわ.....あたしは、ここにいる、グレッグ」
彼の呼びかけに応える。
「よかった......きみが無事.....で」
グレッグの瞳はうつろで、唇は紫色になっていった。
「グレッグ、聞いて。
あたしは、あなたのことが大好きなの」
あたしが、そう言うと、グレッグは少し目を見開いた。
そして嬉しそうに笑った。
「僕も大好きだよ。
小さい頃から、ずっと......」
小さい声でそうささやく。
「イ、イリーナ......と、結婚したいんだ」
「グレッグ!!私も。
私も、あなたと結婚したい!!あなたと一生添い遂げます」
あたしは必死に彼の手をにぎりしめた。
でもその手は冷たくなってきていた。
「う.....れしい.....イリーナ。
ち、父上に反対されて......も、女王に反対されても......。
僕はきみと結婚する......誰の言うことも......もう、聞くもんか」
「グレッグ!!そうよ、絶対に結婚しましょう」
「あいしてる」
グレッグはそういうと、小さなため息をついた。
そして目を見開くと、血を吐き出す。
「いやっ、グレッグ。お願い......」
あたしは地面に横たわるグレッグに抱きついた。
舞踏会用の、真っ白なドレスがみるみる血に染まっていく。
グレッグは目を見開いたままだった。
そのきれいな瞳には、青空がうつっていた。
「いやあああ.......グレッグ、グレッグ」




