【エレナ】キノコの毒
【エレナ】
火傷の男は、安息の間を覗き込んでいた。
男の視線の先には、イリーナさまの安置されている棺があった。
棺を険しい顔でじっと見つめている......。
(ヤツは誰なんだ......?
イリーナさまのご友人にしては、年配すぎるし......)
男は安息の間にゆっくりと入っていく。
そして棺に近づいた。
私も人混みに紛れて、室内に入り込む。
聖水の置かれたチェストの影に身を隠した。
そして影から様子をうかがう。
「どなたさまでしょうか......」
使用人の一人が、火傷の男に声を掛けた。
男はじろりと使用人の顔をにらむ。
......すると、ファインズ家の紋章を付けた兵士の一人が
「フレッチャーさま!」
と言いながら近づいてきた。
そして、使用人たちに
「彼は、イリーナさまが殺されているところを最初に見つけたお方だ。
フレッチャー家の当主であられる。失礼のないように」
と言い渡した。
(あの男が、イリーナさまの殺害現場を見つけた男......)
男は急に膝から崩れ落ちると泣きはじめた。
「私は、物置部屋から飛び出してきたレン・ウォーカーを偶然、目にしたんだ。
不審に思った私は、ヤツが飛び出してきた部屋に入ってみた。
そこで、イリーナさまとトッド卿の無惨な姿を発見したのだ!」
「大変なご経験をなさいましたね......」
兵士たちが、おいおいと泣くフレッチャーに声を掛ける。
「レン・ウォーカーは野蛮な男だ。
もともと邪悪な火の魔法使いだったのだから......」
フレッチャーはブツブツとそんなことを繰り返して言っている。
......なるほど。
この男の「レン・ウォーカーを見た」と言う証言と、ウォーカー殿の剣......。
この2つの証拠が揃ってしまい、ウォーカー殿は、牢屋に入れられてしまったのだ。
剣はともかく......「部屋から飛び出してきたレン・ウォーカー」というのは、この男の見間違いとしか考えられないが。
「イリーナさまにお祈りを捧げたい。
どうか二人きりにしてくれないか」
フレッチャーはそう言うと、周囲の使用人や兵士たちを見回した。
「も、もちろんです」
皆はうなずくと、安息の間からゾロゾロと出ていく。
私はそのまま、聖水の並べられたチェストの裏で男の様子を見張ることにした。
直感に過ぎないが......。
男の言動が、怪しく感じられたからだ。
安息の間から、ひと気がなくなり男はゆっくりとイリーナさまの棺へと近づく。
そして両手を伸ばすと彼女の首を締めようとした!!
(あいつ......遺体に何をしてんだ!?)
私は思わずチェストの影から飛び出そうとした。
男がイリーナさまのご遺体に傷をつけるつもりかと思ったからだ。
だがそのとき......
兵士と侍女が数人、安息の間にガヤガヤと入ってきた。
男はビクッと派手に肩を揺らして、慌てて振り返る。
「な......なんだ?
イリーナさまに祈りを捧げたかったのに」
と慌てて、言い訳めいたことをつぶやく。
「あぁ......フレッチャーさまでしたか。
すみません。
女王陛下がもうすぐご到着なさるという伝達が来ましたので......。
イリーナさまのご遺体を大広間に移動させなければならないのです」
「な、なんと.....。そ、そうですか」
男は大きな目をキョロキョロとさせて額の汗を拭いた。
(やはり、あの男......あやしい。
だが、あいつが犯人だとすれば、トッド卿の命を狙うはずなのに。
なぜすでに、絶命しているイリーナさまを狙うんだ?
訳が分からない)
私は考え込んだ。
すでに死んでいる人間の首を締めようとしていた......。
なぜだ?
それは、その人間が......。
その人間が、実は死んでいないからではないか!?
突拍子もない事だがあり得ることだった。
昔......祖母が言っていたのだ。
「エレナ......。
村はずれに住む、トマス爺さんの話をしてやろう」
祖母のティナは言った。
「トマス爺さんは、一回死んだことがあるんだよ......」
私は祖母の話を信じなかった。
「嘘だ!!
おばあちゃんは、いつも話が大げさなんだから」
と。
だが祖母は、たしかこう言っていた。
「トマス爺さんはね。
森の奥深くにあるキノコを食べたんだ。
そのキノコの毒は、数時間のあいだ、食べたものを仮死状態にするんだよ」
「かしじょうたい!?なーにそれ」
幼い私は意味がわからず祖母に聞き返した。
「まるで死んだような状態になるんだ」
祖母は目を細めて笑った。
「トマス爺さんの両親は、トマスが死んだのかと思って、泣いたよ。
もちろんワシも泣いた。トマスとは幼なじみだったからねぇ」
「えっ、でもトマスじいちゃんは、元気だよ?
昨日も笑いながら畑を耕してた!」
「そうだよ。トマス爺さんは、キノコの毒で仮死状態になっていただけだった。
生き返ったんだよ」
ティナ婆ちゃんはそう言って笑ったんだ。
仮死状態。
もしも。
もしも、イリーナさまが、その仮死状態だとしたら!?
だとしたら、目が覚めると困るのは、「犯人」だ。
(もしそうなら......!!
イリーナさまは死んでなんかない!
目が覚めれば、ウォーカーさまの無実が晴れる!!)
 




