【エレナ】全力を尽くす
【エレナ】
イリーナさまが殺され、トッド卿は瀕死の状態。
恐ろしい事件におびえ、パーティの招待客たちは、慌てて屋敷から退散するものが続出した。
だが、自宅が遠すぎる者などはファインズ家に宿泊し、朝がくるのを待っている。
落ち着かない宿泊客たちは明かりをともしたまま、不安な夜を過ごしているようだった。
ディルさまとニナさまも、ファインズ家に泊まることになっていた。
お二人の客室内で、私はニナさまに事情を説明した。
「ウォーカー殿のご家族を救うため、お二人は、ベルナルド領へ向かってください。
私がここに残り、ウォーカー殿の救出に動きます」
「そんな......お兄ちゃんのことをエレナ一人に任せるなんて......」
ニナさまは涙を流して拒否した。
「私も残るわ。お兄ちゃんを助けないと」
「ニナ。アリッサと赤ん坊を救うのも大切なことだ。
レンはそれを何よりも望んでいる」
ディルさまがニナさまを説得した。
「早くここを出発しないと手遅れになる。
ニナ......分かってくれ」
「ディルは......ディルも、私と一緒よね?」
「あぁ......俺はニナから離れないから」
「......うん」
ディルさまが説き伏せることで、ニナさまはなんとか首を縦に振った。
お二人は、ファインズ家の門番に帰宅の許可を申請。
すぐにそれは了承され、火の魔法使いの馬車は漆黒の闇の中、屋敷から走り出したのだった。
「お兄ちゃんのことをお願いします」
大きな目に涙をため......ニナさまはそう言って、私に頭を下げていた。
(ニナさまを悲しませる結果にならぬよう、全力を尽くそう)
私は、走り去る馬車を見送りながら、そう決意した。
まずは、トッド卿の周囲を見張ろう。
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トッド卿がいる部屋に向かった。
トッド卿の治療室は、宿泊客たちを怯えさせないよう、地下室の奥に設置されていた。
部屋のドアは開け放たれ、中が見える。
室内には治療師やシャーマンで溢れかえっているようだ。
呪術の声、薬草やなにかが燃える異様な匂いが立ち込めている。
あれだけ大勢の人間がトッド卿につきっきりなら、殺人者が近寄ることはできないだろう。
一旦は、安心だな。
ふと隣の部屋から、鳴き声やため息が聞こえてくるのに気づいた。
どうやら治療室の隣は死者を弔う「安息の間」になっているようだった。
イリーナさまのご遺体が安置されているのだろう。
私は、安息の間の開け放たれたドアから内部を覗き見た。
王宮の兵士やおつきの侍女たちが、あちこちに呆然と立ち尽くしている。
「イリーナさまをお守りできなかった」
「まさか、レン・ウォーカーが......まだ信じられない」
「女王に罰せられてしまう」
「おしまいだ」
そんな不安な声が、あちこちからため息とともに漏れ聞こえた。
(とりあえず怪しい人物は見当たらないな)
私は用心深く一人ひとりの顔やいでたちを確認した。
ふと、イリーナさまが安置されている安息の間に、フラフラと近づく男の姿が目に入った。
男は金色の刺繍が散りばめられたベルベットのスーツを身に着けている。
身なりから言って、高い身分の貴族。
イリーナさまのお知り合いだろうか。
それにしては、表情に悲しみが見えない。
目がギラギラしていて、異様な緊張感を身にまとっていた。
不審に思って、男の姿をじっと見る。
その男は白髪で頬に火傷の跡がある男だった。
 




