【レン】濡れ衣をきせられて
【レン】
「明日には女王さまがこちらに到着なさるだろう。
そうなれば、お前は女王軍に引き渡され、王宮で拷問のうえ処刑される」
ファインズ家の隊長は、冷たくそう言い放つと独房から出て行こうとした。
「まて!俺はイリーナさまやグレッグを殺したりしていない。
なにかのワナだ」
俺は隊長の腕をつかんだ。
「証拠はそろっているのだ。あきらめろ」
隊長は俺の胸ぐらをつかむと、にやりと笑ってそう言ったのだった。
「証拠と言っても、俺の剣だけだろう?
俺は大広間でずっと踊っていたんだ。
誰かが、俺の剣を持ち出して、イリーナさまとグレッグを傷つけたに違いない」
必死にまくし立てたが、隊長は首を横に振ると言った。
「......お前は門番に剣を預けずに、屋敷にこっそりと持ち込んだ。
そして剣を小部屋に隠しておいた。
その剣を使って、イリーナさまを殺したのだ」
隊長は俺を指差すとそう言い放った。
「俺はずっと大広間で踊っていた。
イリーナさまを殺す時間なんて無かった」
「お前が、大広間でずっとダンスしていたのだということを、証明できる者はいるのか?」
「そ、それは......」
ダンスのパートナーの女性たちは、みんな仮面を付けていた。
一体誰なのか分からない。
むこうも、俺と踊ったと、はっきり証言できないだろう。
しかもダンスの相手は次々と変わったのだ。
「くそ!」
(一体誰が、こんなことを......)
隊長は冷酷な笑みを浮かべながら兵士たちを引き連れて、独房から出ていった。
-----------------------------------
独房に一人きりになり......暗闇のなか天井を見上げた。
イリーナさま......それにグレッグ。
二人は、何の罪もないのに......死んでしまった。
俺のせいだ。
俺が油断したせいで、あの二人は何者かに殺されてしまったのだ。
誰がやったんだ!?
許せない!!
怒りの余り、石の壁を拳で殴った。
拳から、血が飛び散った。
アリッサの顔が目に浮かんだ。
赤子を抱いて幸せそうに微笑む、アリッサの顔が......。
(すまない......アリッサ。
俺が油断したせいで、とんでもないことになってしまった)
このままだと、俺は王宮で拷問の上、処刑されるだろう。
しかも王女の最愛の妹を殺したと思われている。
その報復は、ベルナルド家にも及ぶ可能性が高い。
アリッサやまだ赤ん坊のリチャードまでもが、根絶やしにされてしまうかもしれない。
そう思うと、脂汗がでてきた。
(処刑される前になんとか逃げ出して......アリッサと赤ん坊を隠すことができれば......)
しかし女王軍は最強部隊だ。
逃げ出すスキなどあるわけがない。
--------------------------------------
夜もふけ、牢獄の中は真っ暗闇だった。
ふいに牢屋の鉄格子の向こうに、かすかな物音が聞こえた。
「......誰だ」
「......」
相手は答えない。
......気配をうまく消している。
この雰囲気。
かなり能力の高い戦士にちがいない。
「レン・ウォーカー殿。
......エレナです」
「エレナ?」
俺は聞き返した。
「ディルさまの屋敷でニナさまの護衛をしているエレナです」
(あぁ......)
思い出した。
ニナの後ろにピッタリと張り付いていた、あの男のような見た目の女性......。
「ほんとうは、ディルさまが、ウォーカー殿に会いたがっていたのですが。
危険なので私が代理で来ました。
見張りの兵士には眠ってもらっています」
「そうか......」
「ディルさまもニナさまも、ウォーカー殿を信じています。
火の魔力をもってしても、あなたを処刑から救い出すつもりだと。
......これはディルさまとニナさまからの伝言です。
牢屋の鍵が厳重に保管されているため......今は手出しができませんが......。
いずれスキを見て、助け出しますので......」
「俺のことは良い......ベルナルド家のアリッサや赤ん坊を、早急にどこかに隠して欲しい」
「......」
エレナは黙り込んだ。
自分の一存で、アリッサや赤ん坊を守るという約束ができないのだろう。
「奥さまと御子息のことですね?そのことは、ディルさまにお伝えします」
エレナが小声でボソボソと話す。
「ところで......気になることがあるんです。
イリーナさまのご遺体には傷ひとつ無いという話を聞きました。
つまり剣で刺された形跡がないのです」
「なんだと。イリーナさまは俺の剣で刺されて死んだのではないのか」
「それから、グレゴリー・トッド卿はまだ絶命しておりません」
「ほ、本当か!?」
俺は嬉しくなって、牢獄の鉄格子にしがみつく。
「ですが、危うい状況です。
かなりの出血量で......明日の朝まで持つかどうか」
「グレッグはきっと犯人を見ているだろう。
彼が目を覚まして証言してくれれば......俺の無実が証明される!!」
「しっ、声が大きい。気を失っている見張りが起きるやもしれません」
エレナは、不安そうな声を出した。
「犯人は、グレッグの息の根を完全に止めようとする可能性が高い」
「確かに。トッド卿のことは、私が注意して見張りましょう」
エレナは頼もしい声で言った。
「とにかく......あなたが女王軍に引き渡されれば、おしまいです。
火の魔力をもってしても女王軍と戦うのは分が悪い。
ディルさまは、ファインズ家にいる間にあなたを救い出したいと考えておいでです。
私も同意見です」
「......ディルにはベルナルド家へ向かって欲しい......。
どうか、それを伝えてくれ。
俺のことは捨て置いて、ベルナルド家のアリッサと赤ん坊を救ってほしいと」
俺はエレナに懇願した。




