【イリーナ】仮面舞踏会
【イリーナ】
主賓としての挨拶を無事にすませてホッとする。
やがて楽隊が曲を奏で始めた。
周囲の視線が自分に集まっているのを感じた。
あたしのダンスの相手が誰なのか......みんな注目しているみたいだった。
「レンさま......無理に踊らなくても大丈夫ですので」
きっとレンさまは、あたしとなんか踊りたくない......そう思って声を掛けた。
でもレンさまは
「いや......踊らないでいると、かえって目立って視線が痛い。
良かったらお願いします」
と言って、あたしの手を取ると頭を下げた。
(レンさまは舞踏会などめったに出ない。
あたしに、恥をかかせるって言ってたけど......)
彼はダンスが上手だった。
ステップも間違いなく、リードも巧みで踊りやすい。
姿勢が良くスタイルも良いので周囲の視線を集めていた。
(やっぱり、レンさまは素敵だわ。
緊張してしまい、あたしのほうがミスを連発してる)
ふと、背後で踊っている太めの男性が目に入る。
(あの後ろ姿......グレッグだわ)
幼い頃からずっといっしょに育ってきたので、グレッグの耳の形や、うなじの様子からすぐに本人だと見分けがついてしまう。
グレッグがくるりと身を翻して、彼の顔があたしの方に向いた。
でもあたしの視線には気づいていない。
(ライラに夢中なのね。すごく楽しそうじゃない)
あたしはダンスに集中できず、ステップを間違ってしまう。
「ご、ごめんなさい」
あたしはレンさまに小声で謝った。
「お疲れなのに、イリーナさまも大変ですよね......」
レンさまはあたしの耳元でそう囁いた。
やだわ、汗がでてきた。
手もジットリと汗ばんでいる気がする。
あたしは、緊張し舞い上がっていた。
だから
「レンさまに恨みを持つ男がいる」という話を彼にするのをウッカリ忘れてしまった。
グレッグのこと、舞踏会での緊張、レンさまとのダンス。
......いろいろありすぎて、混乱していた。
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「仮面をつけましょうよ」
「面白そうだな」
大広間がざわざわしだした。
ダンスがマンネリ化しはじめて、飽きてきたころ......。
ファインズ家のパーティではいつも、「仮面」が配られる。
仮面をして、同じような衣装を身に着けた招待客たちは、誰が誰だかわからなくなるのだ。
そして、パートナーを取り違えて、ちょっとしたドキドキを味わう。
「破廉恥で悪趣味だ」として、姉はこのパーティを嫌っていた。
だからたぶん、今回も用事を作って参加しなかったのだと思う。
レンさまも仮面を付けた。
顔が半分隠れてミステリアスな雰囲気になっている。
あたしは、またレンさまと踊りながら、グレッグの姿を探した。
(いたわ......。仮面を付けていてもグレッグだとひと目でわかる)
不意に仮面の奥のグレッグの目とあたしの目が合う。
彼は、あたしに向かってニコッと笑った。
仮面を付けているけど、口角が上がったので笑っているのだと分かった。
(グレッグも、仮面を付けているあたしを見分けられるのね......。
大切な友だちだもの、分かるのよ。むかしからずっと一緒だった)
グレッグと踊るライラを盗み見る。
(彼女はちゃんと分かってるのかしら。
グレッグは冷たい飲み物を飲むとお腹を下してしまう。
あとは.....甘いものの中で唯一、マシュマロが苦手なの)
「イリーナさま......」
レンさまがあたしに小声で聞いた。
「さっきから、ずっと......あの男性を見てますね?
あれは誰です?」
「あっ、ご、ごめんなさい......。そんなつもりじゃ」
「誰かに後ろ姿が似てるような......」
レンさまは首を傾げている。
「グレッグなんです」
あたしが小声で言うと、レンさまがフフフと笑った。
「なるほど。グレッグも来ていたんですね。
それなら、彼とも踊ると良い」
レンさまはそう言うと、あたしをリードしながらグレッグの方へと近づいていった。
グレッグとライラに声を掛けて、パートナーを交代する。
レンさまはライラと、あたしはグレッグと踊ることになった。
「イリーナ、会いたかったんだ」
グレッグはあたしの手を握るとそう言った。
「あたしは、別に寂しくなんか無かったわよ」
彼の柔らかい手を握り返しながら、そう言う。
「あいつと.....レンと婚約したって聞いて、ショックだった。
僕はそれでもイリーナに会いにお城に行こうとしたんだ。
でも父上がダメだって言うから」
「そうだったのね......」
グレッグの仮面の奥にあるキラキラした丸い目を見つめる。
あたしはため息が出た。
グレッグは素直だから、父親に反抗できないのだ。
「おじさまのおっしゃることに逆らえないものね、グレッグは」
「えっ......?」
「おじさまが、ダメだと言えば、あたしに会うのも諦めるのね?」
「イリーナ......だって」
グレッグは困ったような声を出した。
「だって......なんなのよ?」
グレッグを見ていると何故かイライラしてきた。
そしてそんな自分にも嫌気がさす。
曲が止まり、次の曲へ移り変わるとき......背後から男性に声を掛けられた。
「お嬢さま、一曲踊っていただけませんか」
白髪の年配の男性だった。
「だめです.....彼女は僕の......」
グレッグがあたしを引き留めようとした。
だけどあたしは、イライラした声で
「もうグレッグとは踊らないわ。
ライラのもとへ戻ると良いわよ」
と言って、見知らぬ男性の手を取ったのだった。




