【イリーナ】ファインズ家に到着
【イリーナ】
姉に出席するようにと命じられた舞踏会の日は、あっという間にやって来た。
レンさまと二人、ファインズ家に向かう馬車に乗り込む。
彼が先に馬車に乗り、振り返ってあたしに手を差し伸べた。
「あ、ありがとう......」
あたしはドキドキしながら、レンさまの手を取って、馬車に乗り込んだ。
レンさまは、濃紺のスーツに水色のシャツをお召しになっている。
彼の漆黒の髪や目の色に生地が、よく似合っていた。
(あぁ......。レンさまが素敵すぎて、緊張してしまう。
うまくお話ができない)
隣に座るレンさまの顔をそっと盗み見た。
彼は馬車の窓から外をぼんやりと眺めている。
その表情はとても寂しそうで......。
少し頬がこけお痩せになったように思われた。
(そうよね。
城に閉じ込められてもう、3ヶ月以上経つもの......。
奥様に会いたいと思われているのだわ)
「イリーナさま......つかぬことをお聞きしますが」
「はいっ」
レンさまが急に話しかけてきたのでドキッとした。
「ベルナルド領にいる妻に何度も手紙を出しているのです......。
しかし一度も返事がない。
通常、3週間もすれば手紙は届くはずですよね?」
「そ、そうですね......」
(まさか、姉が手を回して手紙を処分している......?)
「どうしたんだろう......心配だな」
レンさまは深い溜め息をつくと、窓の外に視線を戻した。
すごく寂しそうな表情をなさっているわ......。
あたしはレンさまを苦しめている。
この舞踏会が終わったら......。
大好きなレンさまと思う存分パーティを楽しんだら.......。
そうしたら今度こそ、本気でお姉さまを説得しよう。
レンさまをベルナルド領に返すようにと。
あたしは、レンさまとは結婚したくないのだ。
あたしは彼のことを好きではない。
......姉にそう言うだけでいいのだ。
---------------------------------
馬車がファインズ家の門を通過し、屋敷の敷地内へと進んだ。
レンさまに手を引かれ、馬車から降りるとキョロキョロとあたりを見回す。
(ここは幼少期に訪問して以来だわ。
10年ぶりくらいになる......かしら)
幼い頃、広く感じた庭園も玄関ホールも、成長した今はこじんまりとして感じられた。
「イリーナさま、御機嫌よう。
よくおいでくださいました」
次々に招待客の馬車が到着するなか、ファインズ家のご当主と奥様が出迎えてくださった。
「王女さまの妹君だ」
「イリーナさまだ」
という声があちこちから聞こえてくる。
あたしは、自然とツンと澄ました無表情になる。
人前に出るときはいつも、無表情の仮面をかぶるのだ。
「おい、イリーナさまの隣りにいるのは誰だ?」
「トッド卿じゃないな」
そんなヒソヒソ声も聞こえてきた。
レンさまは周囲のそんな話し声にも気にする素振りは見せていない。
彼は庭園に入ってくる馬車をじっと見つめていた。
「あの馬車は......」
レンさまが低い声で呟くのが聞こえた。
「えっ、お知り合いの馬車ですか?」
庭園には、漆黒の車体に銀色の縁取りがされたシックな馬車がゆっくりと侵入してきていた。
馬車の屋根にはフェニックスのオブジェが飾られている。
二頭のツヤツヤと光る真っ黒な馬車馬が「フーッ」と鼻から息を漏らすとピタッと停止した。
その馬車から、美しい黒髪の女性と、金髪の男性が降りてきた。
「ニナ!!それにディルも!!」
レンさまは、そう叫ぶと玄関ホールから飛び出していった。
「お前たちも、招待されていたのか」
「嘘だろ?レンか!!元気だったか」
「お兄様!!」
(レンさまのご血縁かしら)
「見ろ。あの馬車は火の魔法使いのものだ。
フェニックスの紋章がついている。
なんてことだ。火の魔法使いが招待されるとは」
「ディル・ブラウンだ......。
あいつは、ヴェッセルの街を繁栄に導いているとして有名だからな。
招待されたんだろう」
そんな声が聞こえてきた。




