【イリーナ】グレッグの不在
【イリーナ】
「グレッグが来ないわ。
どうしたのかしら」
グレッグがパタリと城に来なくなった。
「グレッグが来なくなったの。お風邪かしら。
何か聞いてない?」
あたしは、侍従長に聞いてみた。
「トッドさまですか。
そう言えば最近、お見えになりませんね。
理由につきましては、わたくしは耳にしておりません」
と侍従長は難しい顔をして答えた。
「......ただ......グレゴリー・トッド卿はイリーナさまの婚約者ではなくなりましたゆえ......。
それゆえ、この城への訪問の意味がなくなり、お見えにならなくなったのやもしれませんね」
あたしは侍従の言葉に驚いた。
「えっ?そんな......
でもグレッグは、あたしのお友達なのよ......?」
小さい頃から一緒に絵本を読んだり、お城のお庭で遊んできたグレッグ。
いつも「イリーナ!」と言って笑顔でやってくるグレッグ。
太っていて不格好だけど、優しくてあたしの話をなんでも、ウンウンと聞いてくれる素直なグレッグ。
1週間以上、顔を見なかったことなんて無かったのに......。
「婚約者ではなくなった......だから、城に来る意味がなくなった?
そんなことって......」
グレッグが来なくなって、あたしは、毎日がつまらなかった。
グレッグと一緒に、甘いものを食べたりお喋りしたりする時間を、いつも楽しみにしていたのだということに気づいた。
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レンさまは、週に数回、昼餉の席に招待されていた。
時々は近隣の有力な貴族とともにテーブルを囲むことが合ったけど。
ほとんどは、姉とあたし、それにレンさまの3人で昼食を摂ることが多かった。
レンさまは相変わらず結婚に不服の申立を行っていた。
でも姉はそれを面白がるように、聞いているだけだった。
ある日、昼餉の席で......姉が言った。
「ニーザの貴族、ファインズ伯爵の屋敷で舞踏会が開かれる......。
イリーナとレンは二人で出席するように」
「舞踏会......ですか......」
レンさまが怪訝な顔で姉に聞き返す。
「そうだ。そこでイリーナの婿がレン・ウォーカーであることを世間に知らしめることになるだろう。
有力な貴族や地主が招待されておるので、失礼のないようにな」
「そんなもの、出席しない」
あたしはびっくりしてレンさまを見た。
レンさまはホントに姉に対して反抗的だ。
普通の貴族であれば、100回くらい打首になっているだろう。
「ハハハ。出席するのだ。
うんと洒落込んで、イリーナに良いところを見せるんだ」
「舞踏会なんて、50年前に出席したきりだ。
イリーナさまに恥をかかせるのが関の山だ」
「イリーナに恥をかかせたら、お前のその減らず口の舌を切り刻んでやる」
姉は、どうやらレンさまとの軽妙なやり取りを楽しんでいるようだった。
レンさまと食事するようになってから、顔色もいいし、食事の量も増えてきていた。
「イリーナ。わたくしは、大事な会合がありファインズ家のパーティには参加できぬのだ。
お前のしつこい咳はだいぶ落ち着いてきておるようだし。
護衛の兵士や治療師もつれていけば安心だろう」
姉はそう言うと、薄く笑った。
城の外へ出るのは、あたしにとって、ワクワクする出来事だった。
しかもレンさまと一緒に、舞踏会に出席だなんて。
彼と踊ることになるのかしら。
いまから、ドキドキしてしまう。
レンさまのお顔をチラッとみると、無表情でモグモグと肉を口にしていた。
その舞踏会で、とんでもないことが起きるなんて......。
まだこのときは誰も予想していなかった。




