【レン】まずい事態へ
【レン】
イリーナさまは終始、言葉も少なく表情が固かった。
俺みたいな男と結婚しろと言われて、困っているのだろう。
「大丈夫です。女王のことは必ず説得してみせます。
イリーナさまは、ご安心なさってください」
そう言ってみたが、イリーナさまの表情は一向に明るくならない。
「......剣術の稽古と訓練をしてきますので......」
(このまま俺といっしょにいるのも、気の毒だ......)
そう思い、早々にイリーナさまのお側から退散することに決めた。
(まいったなぁ。
イリーナさまも、ひどく困惑なさっているし。
こっそり城を抜け出てベルナルド領に帰っちゃおうか。
いや......それは最悪の選択だ。
そんなことすれば、ベルナルド家に女王軍が攻め込んでくるだろうし)
そう思いながら長い回廊を歩いていると、向こうからドタバタと誰かが走ってくるのが見えた。
「レン!!」
大きな腹を揺らしながら走ってきたのはグレッグだった。
「牢屋から出してもらえたんだな」
そう言いながら
「良かった!!」
と言って喜んでいる。
グレッグはいいヤツだ。
なんというか、癒やされる......。
「グレッグ、心配してくれていたんだな。
ありがとう。
今から、剣術の稽古をしないか?」
「えっ?昨日、あんな目にあったのに、レンの体は大丈夫なのか」
グレッグは不安そうに俺を見る。
「大丈夫だ......。手足もきちんと動くから」
「そ、そうか?」
グレッグは目を丸くしている。
「しかし、こんな服では動きづらい。
一旦、部屋で着替えさせてくれ!」
すでに首に巻かれたタイは緩め、腕まくりしていたが、それでも動きづらかった。
俺は自室に向かった。
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「俺の荷物はどこにいった!?」
利用していた客室が、きれいに片付けられていて呆気にとられた。
荷物がどこにもない。
ベッドからシーツが剥がされ、窓が開け放たれていた。
「ウォーカーさま」
年配の女性が俺に近づいてきて、とつぜんひざまずいた。
「侍女のヨナと申します。
ウォーカーさまには、別のお部屋をご用意してございますので」
「勝手に人の私物を移動させたのか?」
「申し訳ございません......」
ヨナは俯いて謝罪した。
「こちらのお部屋でございます」
案内された部屋を見て驚いた。
今までいた部屋の倍以上の広さがある。
ベッドは天蓋付きで、細かなレース編みの施されたカーテンが垂れ下がっている。
窓枠や、天井の梁、柱には細かい装飾がなされ床にはフカフカの毛皮が敷き詰められていた。
(これはどうみても......貴賓室だ)
「......元の部屋でいい。
元の部屋に戻りたい」
俺はヨナに言ったが、彼女は静かに首をふるだけだった。
「レン......お前の部屋はここなのか」
後ろからグレッグが話しかけてきた。
「あっ、グレッグ、いたのか」
俺はグレッグの声に振り返った。
「どうやら......ウワサはホントなんだな......」
グレッグはくちびるを噛み締め、眉間にシワを寄せて巨体を震わせていた。
「ウワサってなんだ?」
「お前がイリーナと結婚するというウワサだよ。
こんな部屋あてがわれたんだ......お前は城の重要人物......。
つまりイリーナの結婚相手なんだよ」
グレッグは、上目づかいに俺をにらみ付けてきた。
「イリーナは僕と結婚するって......。
ち、小さなときから決まっていたんだ......それなのに」
そうか。
グレッグはイリーナさまのことを愛しているんだな。
俺にとられると思って、取り乱しているんだ。
「グレッグ。違う......俺の話を聞いてくれ」
グレッグの肩に手をおいた。
「......さわるな」
グレッグは肩におかれた俺の手を勢いよく振り払った。
「俺はアリッサを愛している。
イリーナさまと結婚する気はない」
そうグレッグに言ったのだが、グレッグは
「馬鹿言うな。イリーナみたいな素敵な女性......誰でも夢中になる!」
と聞く耳を持たない。
「俺は、もうお前に剣術は教わらない。
一人で稽古する。
きっとお前より強く......そして格好よくなって見返してやる」
グレッグは俺を指差すと、くるりときびすを返して去って行った。




