【イリーナ】胸の奥が痛む
【イリーナ】
レンさまが広間に入ってきた瞬間......あたしの鼓動が高まり頬が熱くなった。
彼はグレーの美しい生地のスーツを身にまとい、首にタイを締め......
黒い髪はきれいに整えられていた。
(なんて素敵なの)
じっと見つめてしまい、彼と目が合って慌てて顔を伏せた。
緊張のなか、お食事が始まった。
レンさまは、姉にむかって、あたしとの結婚については不服であることを申し立てている。
「愛してるのは妻のアリッサだけです」
彼の口からそんな言葉がでてきて、あたしの胸は痛んだ。
あたしったら、どうしてショックを受けているの。
彼が妻だけを愛してるって......そんなのは、分かっていたことだわ。
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姉はすまし顔で、紅茶のカップを手に取りながら、レンさまに向かって言った。
「お前の婿入りは、もう決まったことなのだ。
だから抗うな」
レンさまは眉間にシワを寄せて言う。
「女王陛下、お考え直しください。
俺は、もとを辿れば邪悪な火の魔法使いの血筋出身です。
こんな邪悪な血筋を王家にいれてしまえば、世間がきっと眉をひそめます。
そのうえ俺は、すでに既婚者なのです。
女王陛下の妹君の夫となるには、どう考えても釣り合いません」
あたしは驚いた。
女王である姉に向かって、こんなふうに意見を言える貴族など見たことがなかったのだ。
レンさまは怖い物知らずなんだわ。
......でもこうして姉の言うことを聞いて、城にとどまっている理由はただひとつ。
ベルナルド領に残してきた、妻アリッサを守るため。
姉が口を開く。
「ホッ、ホッホ。邪悪な血筋......か。
軟弱な貴族の血筋よりも、お前のような野蛮な男の血のほうが、王家を強くしてくれるかもな」
姉は珍しく上機嫌でクックックとずっと笑っている。
「......イリーナさまには、れっきとした婚約者のグレッグがいるじゃないですか。
グレッグがイリーナさまに、もっとも相応しい相手です」
レンさまが突然、あたしのほうへ視線を向けた。
「そうですよね、イリーナさま?」
優しい笑顔をむけながら、そう言う。
あたしはドキッとして、彼から視線をそらした。
「......」
きっと顔が赤くなっている。
どうしよう。
「ウォーカー。必死だな。見ていて面白いぞ」
姉は、ナプキンで口を拭くと席を立った。
「さて。わたくしは午後からは南部の部族の陳情を聞かねばならぬ。
失礼する。
二人はゆっくりと食後のデザートでも楽しむといい」
テーブルにナプキンをくしゃっと投げおくと、姉はその場を立ち去ってしまった。
食卓にはあたしとレンさまだけが取り残される。
レンさまは無言で、ぶどうの房を手に取るとムシャムシャと食べている。
頬を膨らませて食べているので可愛かった。
あたしは思い切って
「......レンさま......。お困りですよね?」
と小さな声で聞いてみた。
「困ってます。
俺の望みは、ただひとつ。
ベルナルド領へ帰りたい......それだけなんです」
やっぱりそうよね。
胸の奥がズキンと傷んだ。
「困らせてしまって、申し訳なく思っております。
貴方と結婚すると......そう姉に言わないと、貴方を牢獄から出さないと。
......姉が私にそんなことを言うものですから......だから」
「そうだったんですね......。
俺を助けるために?
女王がなぜ、俺みたいなものに固執するのかわからないですが......」
レンさまはそう言うと、あたしとしっかり視線をあわせた。
そして
「イリーナさま。
とにかく助けてくださって、ありがとうございます。
牢獄から出してもらえなかったら、手足が腐っているところでした。
こうして無事にいられるのも貴女のおかげです」
「そんな......そんなこと無いです」
あたしは、彼があまりにも素敵なので、緊張しっぱなしだった。
かすれた声で、受け答えするのが精一杯だった。




