【イリーナ】結婚の表明
咳をした拍子に、口から血が出てしまった。
「お姉さま、心配ございません。
前にも、咳をしたら血が出たことがあって......」
あわてた様子で治療師を手配する姉に、そう言った。
すると姉は
「何!?前にも血を吐いた?
なぜわたくしに、それを言わないのだ」
と余計に怒り出した。
「あたしのことは、良いのです。
レンさまを牢から出してください......」
懇願したが、姉はあたしの言葉に耳を貸さなかった。
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城にやって来た治療師は、あたしの喉の奥を見たり、背中や胸の音を聞いてうなずいた。
「しばらく安静になさってくださいね」
さらに治療師は、侍女に小声で耳打ちした。
「女王陛下に、妹君のことでご報告が......」
治療師が部屋から去ると、あたしはベッドから上半身を起こしてため息を付いた。
(あぁ......。こんな事してる場合じゃないのに。
今この瞬間も、レンさまは凍えるような牢獄で血を流していらっしゃる。
あたしは役立たずだわ)
しばらくすると、姉があたしの部屋にやってきた。
「イリーナ、具合はどうだ」
姉は眉間にシワを寄せ、心配そうに言った。
「大丈夫よ、お姉さま。
お食事中でしたのにすみません」
「あぁ......。イリーナ......」
姉は、ベッドの脇に座り込むと、あたしの手を握った。
「後生だから。
わたくしには、お前しかいない」
そう言って涙ぐむ。
姉の涙をみるのは、初めてだった。
ルーベン様がお亡くなりになったときでさえ、涙一つみせなかったのに。
「お姉さま、大丈夫ですわ。
それよりレンさまを......」
「レン・ウォーカーか......」
姉はため息を付いた。
「大勢の兵士の前でわたくしは、あやつに侮辱されたのだ」
姉があたしの目をじっと見て言う。
「やつに罰を与えないと、女王としての面目が丸つぶれとなる。
だが、もしも......」
「もしも?」
あたしは姉の言葉に首をかしげる。
「もしも、レン・ウォーカーがお前の未来の婿殿なのであれば、
このわたくしであっても手荒なことはできない。
レン・ウォーカーが婿候補であれば、身内のようなものだからな。
身内とささいな諍いが起きたのだと言うことにすれば丸く収まる」
「そんな......」
あたしは息を飲んだ。
「イリーナ。自分の気持ちに素直になるが良い。
欲しいものを手に入れるのだ。
お前には後悔してほしくない。
幸せになって欲しいのだ」
姉は身を乗り出すと、あたしの耳元でそう囁いた。
「レンさまを、牢から出してください。
あたしは......彼のことが好きです。
彼を婿に迎えます。
だから......お願い。出してあげて」
あたしは涙を浮かべて姉に言った。
「分かった、分かった」
姉はあたしの頭をゆっくりと撫でた。
(今は、レンさまと結婚するということを表明するしか無いわ。
そうしないと、彼は牢獄から出してもらえないのだから)




