【イリーナ】素直なグレッグ
【イリーナ】
グレッグは何を考えているのかしら.......。
その日からグレッグはレンさまに剣術の指南を受けるようになったのだった。
「イリーナ。
あいつは......レンは、悪魔だぞ」
レンさまとの稽古が終わると、グレッグは汗だくになっていた。
「あいつは悪魔だ。俺をひどく小突き回すんだ」
「訓練だからでしょ。
それにレンさまは悪魔じゃないわ、もと魔法使いよ?
彼は長く生きているから、あらゆる戦法に長けているという噂よ。
彼に直接教えてもらえるなんて、すごい事だと皆が言ってるわ」
レンさまが、大蛇に魔力を奪われたというのは有名な話だった。
彼は、太古から生きながらえ邪悪な知恵をつけた大蛇相手に、死闘を繰り広げたのだ。
あぁ......それにしても。
レンさまの奥さま......アリッサが羨ましいわ。
彼女は、大蛇にさらわれた。
それをレンさまに救われた。
まるで、おとぎ話みたいじゃない。
吟遊詩人が各地の屋敷や街角で、レンさまと大蛇の戦いを唄って歩いた。
だから、レンさまの話は有名になった。
このお城にも吟遊新人が来て詩歌を奏でた。
姉も熱心に詩人の詩を聴いていたのを思い出すわ。
それで姉は興味を持って、レンさまをこの城に呼びつけたのかもしれない。
「ゴホゴホ!」
急に息が詰まって、咳が込み上げてきた。
(それにしても長く続く咳だわ......)
「イリーナ、大丈夫か。
ほら、紅茶を飲んで」
グレッグが心配そうな顔をして、紅茶をカップに注いでくれた。
「ありがとう」
紅茶の湯気を吸い込んで、呼吸が楽になるのを感じる。
「グレッグ、ケーキに手を付けてないじゃない」
グレッグのお皿にケーキが手つかずで残っていることに気づいた。
いつも運ばれてきたら、2秒くらいで食べてしまうのに。
「レンの命令なんだ。
強くなりたいのなら甘いものは一切食べるな。
腹が減ったなら鶏の胸肉や卵を好きなだけ食えば良いって言われてる......。
眼の前のケーキ......食べたくて仕方がないよ。
イリーナ、食べちゃってくれよ~」
グレッグが涙目で、そう言った。
バカだけど素直なグレッグなので、どうやらレンさまの言いつけも素直に守っているらしい。
一体こんなことが、いつまで続くのかは分からないけれど......。
「あたしはもうお腹いっぱいよ?
片付けてもらいましょう」
手つかずのまま下げられていくケーキを、グレッグは物欲しそうにジッと目で追っていた。
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【レン】
グレッグに稽古をつけることだけが、この城での唯一の息抜きだった。
ほかにも「教えて欲しい」という新兵がたくさんいたが、兵士たちは城の警備などの仕事があるので、自由時間がすくない。
反面、グレッグはヒマ人なのか、毎日のように城にやってきていた。
「まだ剣をにぎらせてくれないのか?」
「まずは筋力をつけないと」
グレッグに簡単なトレーニングをさせた。
正直言って人並みに戦えるようになるには、最低でも2年はかかるだろう。
でもグレッグには不思議な能力があった。
素直なのだ。
教えたことを疑うこと無く、信じ込む。
そして言いつけを守る。
さらに彼は力が強かった。
藁でできた格闘訓練用の人形に、グレッグを体当りさせた。
彼は、何度か訓練するうちに、一発で藁人形をバラバラにさせることに成功した。
「やるじゃないか、グレッグ。
相手のスキをついて体当りするんだ。
そうだ......腰を低く構えて」
グレッグはイノシシのように藁人形に突進した。
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それにしても。
一体、いつまでこの城に足止めを食らうのか......。
女王は最初の謁見以来......何度申し込んでも、会ってはくれなかった。
アリッサに会いたい。
彼女の髪にふれたい。
抱きしめて柔らかい唇を味わいたかった。
まさか、何年もこの城で暮らすことになるなんてこと......ないよな。
そんな不安が胸に渦巻いてきたころ、ようやく女王からの謁見の許可がおりた。
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「女王陛下......」
昼下がりの謁見の間。
大きなステンドガラスから七色の光が床に差し込んでいた。
絨毯の両わきにびっしりと立つ兵士たちは、微動だにしない。
俺は恭しくひざまずき、頭を下げた。
(この間のように、反抗的な態度をとらないようにしないと。
とにかく穏便に済ませるんだ......)




