【イリーナ】打ったり斬りつけたり
【イリーナ】
戦いを観ていた見物人たちがザワザワしだした。
「誰だ、あのデブは?」
「しっ!イリーナさまの婚約者だよ......たしかグレゴリー・トッドとかいう」
「あぁ......トッド家の一人息子だな?
贅沢ざんまいしてる貴族か.......。
どおりで、だらしのない体つきだ」
「あんな男が、レン・ウォーカーに勝てるわけない」
そんな声があちこちから聞こえてきた。
グレッグは周囲の声が聞こえていないのか、修練場の中央へとズンズン進んだ。
「よいしょっと」
グレッグはそう言うと、レンさまに弾き飛ばされ地面に落ちた木刀を拾い上げようとした。
だがお腹の贅肉がじゃまになって、かがみ込むことが出来ずにフラついている。
「クスクス.....」
「ハハハ」
という笑いがあちこちから聞こえてきた。
「トッド卿......剣術に自信がおありで?」
グレッグは、木刀を両手で握りしめてレンさまの前に立ちはだかった。
レンさまは、首をすこし傾げてグレッグを見つめている。
「自信はあるさ。
教育係から、学んだ」
「実戦経験は?」
「そ、そんなものはない。でも上手いって褒められたんだ!」
「もっと重心を落として......腰を落として構えたほうが良い。
少し半身になって」
レンさまは、グレッグにアドバイスした。
「グダグダ喋ってばかりで僕が怖いのか?」
グレッグはぶんぶんと木刀をふるって、空気を斬った。
「そっちがかかってこないなら、僕から行くぞ!!!」
--------------------------------
レンさまは、グレッグの剣を小さな動きで、サッと避けた。
グレッグは勢い余ってよろけて泥の中に転ぶ。
「まだまだ!」
グレッグは立ち上がると、剣を大きく振るう。
レンさまは、剣先でグレッグの剣をいなすと間合いを詰めた。
レンさまとグレッグの距離が急接近する。
「トッド卿。
貴方の武器はその体重だ。
俺に全体重を掛けて突進すれば、勝機があるかもしれませんよ?」
レンさまがグレッグにそう話しかける声が聞こえた。
「ふん!その手に乗るか。俺は剣術でお前に勝つんだ!」
ふたたび剣をふるうと、またレンさまに避けられる。
「くそっ!!
教育係は、僕には素質があるって......そう言っていたのに」
グレッグがうめいた。
はぁっ、はぁっ......。
彼は片膝をついて、肩で息をしている。
ほんの2分くらいしか戦っていないのに、全力疾走したような息づかいだった。
「ハハハ......情けない」
「身の程をわきまえろよな」
「レン・ウォーカーの戦いぶりを観たかったのになぁ」
小声でそんな風につぶやきながら、見物人たちはパラパラと解散していった。
(なにやってんのよ.....グレッグは)
あたしは、恥ずかしくて、身が縮こまる思いだった。
----------------------------
「イ、イリーナ」
はぁはぁと息を切らしながら、グレッグがあたしの側に戻ってきた。
額にびっしりと汗をかいている。
「どうして、あんなことしたのよ。呆れるわ」
あたしはグレッグに冷たい視線を送った。
「ふん。あいつはたいしたことないぞ。
俺の剣を避けてばかりで、俺を打ったり斬りつけることが出来なかっただろ?」
「バカね。レンさまは、あんたを傷つけないように手加減したのに決まっているでしょう」
つくづく呆れた。
どこまで自分のことが分かっていないのかしら。
「そ、そっか......」
グレッグはあたしの言葉に目を丸くしてうなずいている。
バカだけど素直なのだ。
「トッド卿、大丈夫ですか」
背後から、レンさまが声を掛けてきた。
「あっ、レンさま......。
グレッグなら、なんともございません。
お気になさらないで」
あたしは彼に笑顔で返す。
「はぁっ、はぁっ。
おい、レン・ウォーカー」
グレッグは、レンさまを指さした。
「グレッグ、彼はベルナルド家の当主よ。
そんなふうに扱うのは失礼極まりない」
あたしは、彼をたしなめた。
「構いません。もともとは、人々に忌み嫌われる火の魔法使いでした。
粗雑に扱われるのには慣れております。
ご存知のように、今は魔力を失っておりますが」
レンさまは、兵士と激しく戦い、グレッグの相手もした直後なのに呼吸も乱れず、汗一つかいていない。
「ふん。僕のこともグレッグと呼べば良いさ。
レンは、この僕に剣術を教えるんだ。
僕は......お前のように強くなりたい」
「な、何を言ってるの?グレッグ」
グレッグの言葉に、あたしはめまいがした。
「レンさまのご迷惑になるでしょう」
「城からの退出が許可されるまで......の間でしたら、構いません。
時間を持て余しておりますので」
レンさまは、にっこりと笑った。




