【イリーナ】迷い
【イリーナ】
翌朝......姉の部屋にノックもせずに飛び込むと、詰め寄った。
「お姉さま、ご説明ください。
なぜレンさまにひどい仕打ちをなさったのですか?」
「ハハハ......昨夜の、娼婦の件か?」
姉はすました顔で、あたしを見返した。
姉はまだ寝間着のままで、ベッドに腰掛けている。
彼女の両わきには侍女がいて、ガウンを着せているところだった。
「そうよ、レンさまを酩酊させて、娼婦を呼んだ。
彼をワナにハメて、打首にしようとしたの?」
「......ヤツの弱みを握っておこうと思ったのだ。
ウォーカーは謁見の際に、わたくしに対して反抗的な態度を取ったからな」
「きっと、お姉さまが何か無理難題を言ったからでしょう?」
あたしは呆れた。
姉はどうしてこんなに邪悪な性格になってしまったのだろう。
むかしは、絵本を読んでくれたり、勉強を教えてくれたり......優しい姉だったのに。
「それにしても、イリーナ。
お前はやけに、ウォーカーにご執心だな?」
姉はニヤニヤしながら、あたしの顔をみる。
姉は、立ち上がると急に怒鳴った。
「このガウンは、胸が開きすぎているから嫌いだと言っただろう!
バカめ!!」
そう言って、床にガウンを脱ぎ捨てた。
侍女たちは、震える手でガウンを床からひろい、慌てて隣室の衣装部屋へと走っていった。
姉は、壁際に立つあたしのほうへとゆっくりと歩み寄った。
そして
「お前にしては珍しいではないか。
よほど好きになったのだろう。
いますぐ、ウォーカーをお前の婿にしてやろうか」
と言う。
「お前の婿にしてやろうか」
姉のその言葉に、ドキッとした。
レンさまの凛々しい顔立ちや、抱きしめられたときの感触が、身体によみがえった。
(彼が、あたしのものになる......?
彼があたしの旦那さまになるなんて......そんなこと......)
「どうだ?
お前が、首を縦に振るだけでいい。
そうすれば、アリッサと、レンを離婚させる手続きを取るが」
姉とあたしの目が合った。
姉は、相変わらずからかうように、ニヤニヤと笑っている。
どうしよう。
レンさまと婚姻できたら、どんなに幸せだろう。
彼はほんとうに素敵だった。
彼の顔や身体......それに優しそうな声も。
ぜんぶ、独り占めできるなんて。
でも......。
「アリッサ......あいしてる」
彼の声が耳元によみがえった。
彼は、妻のアリッサを心底愛してる。
その愛が、あたしに向くかどうか......自信がなかった。
「だめよ......そんなこと......」
弱々しい声で姉にそう言った。
「ハハハ。欲しいものは自分で手に入れないと、一生そのままだぞ?」
ふたたび、侍女たちがさっきのものとは別のガウンを恭しく手に持ち、現れた。
姉の肩に、恐る恐る着せていく。
「お前はこのままだと、婚約者のトッド卿と結婚することになる。
そうだ......。もうすぐ彼が城に到着する頃じゃないのか。
出迎えて差し上げなさい」
姉は、ドアの方を指さした。
出ていけということだろう。
「分かったわ。
でも、もうレンさまには手を出さないでね」
あたしはそう言うと、部屋から出た。




