【レン】城から出られない
【レン】
「お前たちの子どもが欲しい」
女王の不気味な要求......。
スザンナは夫のルーベンを亡くしてから、おかしくなっていた。
「黒は不吉だ」と言って、街中の黒い犬や猫、それにカラスを捕まえさせ殺処分した。
また、若い男を大勢呼んでは毎夜、贅を尽くした酒席で遊び尽くし......。
目つきが怪しいといっては侍女を数人、いじめ抜いたとも聞く。
彼女の奇行には枚挙にいとまがなく、影で「気狂い女王」と呼ばれるほどだった。
(このままでは、この国はおかしくなる)
だが民衆や諸侯たちは、自分に災厄がかからないよう祈るしかなかった。
はやく跡取りが出来て、女王がべつの誰かに代替わりしてくれればいいんだけどな。
しかしスザンナには子どもがいなかった。
また彼女の妹であるイリーナは年が離れていて、まだ未婚である。
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この城にいると、落ち着かない。
あちこちから......見られているような視線を感じる。
ふりむくと、貴族の令嬢らしき女たちが数人、異様な目で俺のことをじっと見ていた。
俺と目が合うと、「キャァキャァ」言いながら小走りに逃げていく。
(なんなんだろう)
息が詰まるな。
女王への謁見は済んだのだ。
ベルナルド領へ帰ろう。
リチャードの件は......どうする?
いや、大丈夫だろう。
気まぐれな女王のことだ......きっとしばらくすれば、忘れてくれる。
俺は城からの退出の準備をした。
荷物をまとめ、城の玄関ホールへと向かう。
「レン・ウォーカーさま。
貴方様のお帰りは認められておりませぬ」
とつぜん、近衛兵がやってきて、肩をつかまれた。
「さわるな。この城での要件は済んだのだ。
女王に聞いてくれ」
俺は兵士の手を振り払う。
「いえ。女王の命令です。
ウォーカーさまには、まだ城に残るようにと。
女王の命に逆らえばこの場で処刑することになります」
「.....なんだと」
ムカッときたが、数人の兵士に囲まれて身動きが取れない。
家老が近づいてくると、俺にそっと耳打ちした。
「大人しくなさったほうが良い。
逆らえば、ベルナルド家に残されたご家族が危険です。
一族が根絶やしにされます。
実際、先月......女王の命に逆らったバランタイン家が破滅しました」
「くそっ」
女王の言う通り「イヌ」はベルナルド家に紛れ込んでいる。
女王が早馬を送り「イヌ」に暗殺を命じれば、アリッサの命が危うい。
自分だけならまだしも、アリッサまで人質に取られれば、逆らうことは不可能だった。
事態は思っているよりも深刻なのかもしれない。
「やめなさい!
......レンさまに何をなさっているの?」
背後から、女性の声がして驚いて振り返る。
兵士に取り押さえられている俺の背後に、若い女が立っていた。
女は、後ろに複数の侍女や取り巻きを従え、豪華なドレスを着ている。
.....その様子から言って女は、女王の妹のイリーナだろう。
彼女と対面するのは、初めてだった。
「すぐにレンさまから離れて」
イリーナが兵士に命じると、渋々といった体で兵士たちは俺から離れた。
「手荒なことを......お怪我はございませんか」
「貴女は......イリーナさまですね?」
そうたずねると、彼女はこくりとうなずいた。
「レン・ウォーカーさま。
お噂はかねがね......わたくしは、イリーナ・アリステリアでございます」
イリーナはそういうと腰を低くして会釈した。
「女王に城からの退出を止められているようなのです。
もう用事は済んだはずなのに」
俺は独り言のように、ブツブツとイリーナにむかってつぶやいた。
イリーナは目を見開くとうなずいた。
「わたくしから姉に進言いたしますので、もうしばらく城に残っていただけませんか」
イリーナにそう言われ、俺は仕方なくうなずいた。




