【レン】いけない想像 【イリーナ】気になる存在
【レン】
(王都......テンザン......訪れたのは、8年ぶりくらいになるだろうか)
レンガ造りの古い建物がひしめき合う細い路地。
ガヤガヤと行き交う人々。
なかには、エルフやあやしげな商人、魔法使いもまじっているようだ。
多種多様な人種が、この王都、テンザンに集まってきている。
テンザンは周囲を山に囲まれた盆地だ。
険しい山を超える必要があるので、難攻不落の都と言われている。
テンザン自体も、多少起伏のある土地だったが、平地にならされ街が広がっている。
街の中央のみ、小高い丘が残され、その上に城がそびえ立っていた。
俺は馬車を街の入口の門番に預けると、徒歩で城を目指した。
商店がならぶアーケードを通り抜ける。
洋品店のウィンドウに飾られた品物に、ふと、目が止まった。
きわどいデザインの女性モノの下着が売られていた。
布でできた人形が身にまとっている。
黒い色の下着で、胸の部分にはフリルがたくさんついていて......。
布の面積は小さく、スケスケだった。
思わず足を止めて魅入る。
自然と、アリッサの顔と身体に、下着を当てはめて想像している自分に気づく。
アリッサが下着を身に着けて、微笑む姿を想像した。
ブルブルと頭を激しく振って、頬を叩いた。
(俺はなにを考えてるんだ。
あんな、はしたない下着をつけているアリッサを想像するなんて......。
彼女は嫌がるのに決まってる)
アリッサの顔が脳裏に浮かんだ。
「レン......好きにしていいのよ」
彼女はそう言って、俺に抱きついた。
アリッサに、もう会いたくてたまらない。
彼女の笑顔。
「.....愛してるわ」
そうささやく彼女の声が耳に残ってる。
(さっさと王女に挨拶して、すぐ帰ろう。
お土産にあの下着を買って......。
いやいや、それは止めておこう)
俺は街の中心部の城へと、ふたたび歩みを早めた。
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【イリーナ】
「お姉さま!
今朝、黒髪の男性がいらしたでしょう?
あの方は、どなたなの。
とても素敵だわ」
今朝、城に到着した黒髪の男性が、気になって仕方がなかった。
城の侍女や使用人、それに訪問客の貴族の娘まで......みんなその男性に釘付けだった。
食べて、寝てばかりの貴族の男たちは皆、ブヨブヨと太っていて二重アゴなのよ。
でもあの黒髪の男性は背が高くて引き締まってるし、顔もすごく男前だった。
「ねぇ、あの方はどなたなの?いつまで城にいらっしゃるの?
みんな気にしてるわ」
「......レン・ウォーカーのことだな。
イリーナ、あの男が気に入ったのか」
王女である姉のスザンナは、呆れたような声であたしに言った。
午前のお茶の時間で、あたしと姉は、日当たりの良いバルコニーで紅茶を飲んでいた。
姉はクッキーをほんの少しかじっただけで、あとはぼんやりとしている。
姉は骨と皮だけのような身体で、やせ細っていた。
「残念だねえ、あの男はもう結婚してる」
姉がそう言った。
「えっ!そうなの......」
ガッカリした。
でもそうよね。
あんなに素敵なんだもの。
もう誰かのものに決まってる。
「どなたと婚姻を結んでいるのかしら?」
姉にそう尋ねる。
「ベルナルド家のアリッサと夫婦だ。
だが、お前が望むなら、離婚させてやってもいいが......」
姉はにやりと笑った。
アリッサ嬢と......。
彼女の美しさは、有名だ。
狙っていた諸侯も多かったようだけど。
彼女とあの黒髪の男性......レンさまが夫婦なのね。
悔しいけれど、きっとお似合いね。
「無理やり離婚させるなんて、そんなのダメに決まっているでしょう」
あたしは、姉にしっかり釘を差した。
無理やり離婚させる......。
でも冗談抜きで姉ならやりかねない。
姉の旦那さまだったルーベンが病で亡くなってから、姉がこの国を支配している。
姉の振る舞いはだんだん、おかしくなってきていた。
少しでも気に入らないことがあると、使用人をひどく罰することは日常茶飯事。
理不尽なことも通す、独裁者となってしまっている。
姉に唯一、口出しできるのは、このあたしだけだった。
ゴホッ、ゴホッ
あたしが咳き込むと、姉はいそいであたしの背中をさすった。
「イリーナ、大丈夫?」
「大丈夫よ、ちょっと外の空気が冷たかったみたい」
あたしは少し前から、しつこい咳に悩んでいた。
「もうお部屋に戻りましょう」
姉は、椅子からそっと立ち上がった。




