【ニナ】新たな使用人
ジョアンナが、ディルを説得してくれた。
でもディルは考え込んでしまって、その日から無口になった。
私が話しかけても目をそらすし、うわの空......。
お食事の席で聞いてみた。
「ディル、ジョアンナが言ったことだけど......。
その......私は、もういいの。
お屋敷の中でジッとしてるわ。
どこにもいかない。
ディルがそのほうが良いと言うなら、そうするから」
彼があまりにそっけない態度を取るので、私はたまらずにディルにそう言ってみた。
「だけど、ニナは闇の森に行きたい。
その気持は変わらないんだろ」
ディルはそう言うと、赤ワインをグイッと飲んだ。
「そうだけど。
ディルに冷たくされるほうが困るの」
テーブルの向こうのディルは無言で私のことをジッと見つめた。
そして
「冷たくしてるつもりはないんだ。
今......いろいろと考えているところだから」
というと、また黙り込んだ。
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逃げ出したゴブリンたちが戻ってきて、庭木の手入れやお掃除をしてくれた。
でも逃げ出した侍女や使用人たちは怖がって戻って来ない。
そしてお屋敷で「働きたい」と言ってくれる人も、いない。
「カークのような変なやつが来ると困る」
と言って、ディルも気軽に使用人を雇えない状態だった。
「侍女は必要ないわ。
私は自分でお風呂に入れるし、着替えもできる」
「だが、ニナ......アスラルではたくさんの使用人に囲まれていたんだろう」
ディルがため息を付きながら言う。
「......そうだけど。私はディルがいれば良いの」
そう言いながら、ドレスのリボンが縦結びになっているのを慌てて直そうとした。
だがどうやっても、リボンは縦になってしまう。
ディルと二人、屋敷の庭を散歩していた。
「ディル、私はもう大丈夫だから......お仕事に集中してね」
そういって、彼の腕に自分の腕をからませる。
「......」
ディルはまた黙り込んで何かを考えていた。
そのとき、ティナが門の方から走ってきた。
「旦那さま!!孫たちが着てくれました!!」
「孫!?」
私はティナの言葉に顔を上げた。
「ほんとか!?エレナもか?」
ディルが言った。
屋敷の門のところに背の高いがっしりした女性と、背の低い女性の二人が立っているのが見えた。
「あの二人は、ティナのお孫さんなの?」
「ワシの娘の子どもでさぁ」
ティナはニヤリと笑った。
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がっしりした女性のほうは、エレナ。
小さい華奢な女性は、エレナの妹のクレアと言う名前だった。
応接間でみんなで話をした。
「ティナのお孫さんなら、身元も確かだし、安心して雇えるわね」
ジョアンナが紅茶を出しながら言う。
ジョアンナは今にも屋敷から出ていってしまいそうだった。
でも私が無理に引き止めていた。
「いま、ジョアンナが去ってしまったら、このお屋敷はゴブリンとティナと私とディルだけになってしまう。寂しくて私は泣き続けるわ」
そう言って、なんとか引き止めていた。
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「クレアは、貴族のお屋敷で侍女をしておりました。
しかしそこの貴族が没落して職を失ったばかりでして」
ティナが小柄な女性のほうを指さして言う。
「それから、このエレナなんですが、女だてらに兵士になりたいって言いましてなぁ。
でも女はダメだと、領主さまのお屋敷で門前払いされたんですわぁ」
「実は俺とエレナは、一昨日......ヴェッセルの街で顔を合わせた」
ディルがそう言ったので、驚いた。
「エレナの強さをテストしたくて、彼女と木刀で戦ってみた。
女性とは思えない腕を持っている。
結果は合格だ」
エレナはソファから突然立ち上がった。
「ありがたきお言葉。
ディル・ブラウン隊長の数々の戦歴......お噂は聞いており、私はディルさまを尊敬しております!!」
そう言うとビシッと敬礼した。
「女性だからといって門前払いした領主の兵隊は、後悔することになるな」
ディルはそう言って笑った。
「ふたりとも、うちで、働いて欲しい」
ディルは二人を見比べて、そう言った。
「働きたいです!!
ティナお婆ちゃんから、知らせが届いたときは嬉しかった。
うちは貧乏だから、働き口がないと困っていたんです。
奥さま......。どうぞよろしくお願いします」
クレアが弾けるような笑顔で言う。
「隊長のお側で働けるなんて、夢のようです」
エレナが野太い声で言った。
「クレアには、ニナの身の回りのことをして欲しい。
それからエレナには、ニナの護衛をしてほしいんだ」
ディルが私の方を見ながら言った。
「ニナは闇の森で、植物の採集をする......。
もちろん俺もニナに同行するつもりだ。
しかし俺の身がふさがっているときは、エレナに護衛を頼みたい。
ニナの側に付き添って、危険がないように見張って欲しい」
私はディルの言葉に驚いて、彼の方を見た。
「ディル......それじゃ」
「ニナのやりたいことを、奪うわけにはいかない。
ニナを守ってくれる優秀な人間をここ何日か探していたんだ」
ディルは私の顔を見て優しく微笑んだ。
涙が出そうになった。
ディルは、私のためにいろいろと考えてくれていたんだわ。
闇の森で......私が自分の好きなことができるようにと、考えてくれていた。
「ディル、ありがとう。すごく......すごく嬉しい」




