【ニナ】本当の愛
【ニナ】
涙が止まらない。
ジョアンナが、髪を撫でてなぐさめてくれた。
「大丈夫。ディルさまはきっと分かってくれる」
そう言って、落ち着かせてくれた。
彼女と部屋で紅茶を飲んだ。
温かく香り高い湯気を吸い込んで、気持ちが落ち着いてきた。
ジョアンナがいてくれてよかった。
彼女の存在がありがたい......。
ジョアンナは本当に、屋敷から出ていっちゃうのかしら。
ジョアンナは、私に嘘をついていた。
そのことは確かにショックだったけど。
盗賊団を閉じ込めているときに、彼女は逃げ出さずに一緒にいてくれた。
ジョアンナが側にいてくれて、どんなに心強かったか。
嘘をついていたことだって、こうして謝罪してくれたんだし、もう良いの。
ジョアンナにはずっといてほしい。
紅茶を飲んで、涙がおさまってきた。
「落ち着いたようね。
ディルさまのところへ、話をしに行きましょう?」
ジョアンナが微笑む。
私とジョアンナは、ディルの執務室をノックした。
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「これは、俺とニナの問題だから......。
ジョアンナには、口を出す権利はない」
ディルは冷たい声でジョアンナに告げた。
彼はめったに怒ったりしないし、イライラもしない。
なのに、その口調は少しイラ立っていた。
(やっぱり怒っているんだわ......どうしよう)
私はソワソワした。
もう......諦めるしか無いのかな。
ずっと屋敷の中にいれば......私が我慢すれば、ディルに笑顔が戻る。
それなら、そうすべきなのかしら。
「ディルさま......」
ジョアンナが、話しはじめた。
「お二人の夫婦の問題に口を出すつもりはありません」
ジョアンナの声はよく通るし、話もわかりやすい。
彼女はすごく頭がいい。
「あたしがディルさまにお伝えしたいのは......事実のみです」
「事実?」
ディルの片方の眉が、上がった。
彼はソファに座って腕組みして、じっとこちらを見ている。
「事実ってなんだ」
「ニナは強いという事実です」
ジョアンナは座っていたソファから立ち上がった。
「強い......?
どうしてそんなことが言える?
ニナは、盗賊団に囲まれて、危ういところだったんだぞ」
ディルは、眉をひそめてジョアンナを見つめている。
「いいえ。ニナは強いんです。
誰よりも......ディルさまよりも強いかもしれない」
「......確かにニナの魔力はパワーがある。俺の魔力よりも強いかもしれない。
でも、盗賊団を殲滅することができなかった。
いくら強い魔力でも、攻撃できないなら意味がない」
ディルはそう言った。
ディルの言葉に、身が小さくなった。
(たしかに、ディルの言うとおりだわ......。
私は誰も倒せなかった。
それどころか、あの人たちに好き放題された......)
大広間で後ろから羽交い締めにされて、体を触られたことを思い出してゾッとする。
怖かった。
私は、強い魔力を持っているはずなのに、何も出来ない。
出来損ないなのよ。
だから、ディルは心配してるのに......なのに、私はワガママを言ってる......。
「いいえ、ニナは強いです」
ジョアンナはディルの冷たい口調にも全くひるまず、そう言い切った。
「あたしは、二晩のあいだ、ニナが魔力を使い続けている現場にいました。
間近で彼女の様子を目の当たりにしました。
......魔力を使い続けるとかなり消耗しますよね」
ディルはコクリとうなずいた。
「ニナは、眠くなるから食べ物は食べない......と言いはりました。
それに、冷水を頭から浴びせて欲しいとも言いました」
ジョアンナは大きく手を広げて身振り手振りをつけて話しはじめた。
「焼き殺してしまえば簡単なのに......彼女は簡単な道を選ばなかった。
それは、ある意味......強さだと思うのです!」
「......」
ディルは、少しの間黙っていた。
でもしばらくして、口を開いた。
「だが、それは弱さでもある。
人を殺せないというのは弱さだ......弱点だ」
そうきっぱりと言った。
「そうでしょうか。私にはそうは思えません!」
ジョアンナは必死だった。
「男たちは何かというと暴力で......力でものごとを解決しようとする。
確かにそれが簡単で手っ取り早い。
でもそれが常に正しい道なのでしょうか!?
慈悲をかけて、相手に選択肢を与える。
それができる力こそ、真の強さだと言えるのではないでしょうか!?」
ジョアンナはスッと息をつぐとまた、口を開いた。
「ニナは人を傷つけられない......それは大きな弱点かもしれない。
でも彼女には、その弱点を埋めるほどの、精神力の強さや粘り強さがあるってこと。
その事実をディルさまにお伝えしたいのです」
ジョアンナはそう言うと、一礼した。
私は、ジョアンナの言葉に嬉しくて涙が滲んだ。
強いなんて言われたことなかった。
彼女の言葉は、私に自信をくれた。
「だが、俺はニナを愛してるんだ。
彼女が危険な目にあうようなことを、許すわけにはいかない」
ディルが首を横に振った。
「それは、本当の愛なのですか!?」
ジョアンナの言葉を聞いたディルが、彼女に冷たい視線を向けた。
「口が過ぎるぞ」
「いえ、言わせていただきます!」
ジョアンナはひるまない。
「本当の愛は、相手の幸せを願うことです。
ニナのやりたいことを取り上げないであげてください。
彼女の幸せを奪うことが、愛なんですか!?」
「ジョアンナ......。部屋から出ていってくれ」
ディルが静かな声でジョアンナに告げた。




