街へ
【レン】食堂にて
「なに?お嬢さまと街へ行く?」
シュウがパンを頬張りながら、俺の顔を見上げた。
「そうだ。一応、報告しとくぞ」
俺は食堂でシュウ隊長に、アリッサと街へ行くことを報告したのだった。
「ふん......了解した」
シュウは不機嫌そうに俺をにらみつける。
「兵士たちの一日の流れを説明しておく。
早朝訓練のあとは、各自の持ち場で働くことになっている。
屋敷周辺の見回り、兵士たちの服のつくろい、靴磨き、料理を作る当番なんてのもあるんだ」
「へぇ~。それじゃ、俺の持ち場はアリッサの護衛ってわけだな」
「護衛は本来、隊長クラスがやるべき仕事だが、お嬢さまがお前を指名した。
......仕方がないだろうな」
シュウは立ち上がると俺を指さした。
「お嬢さま危険がないようにしっかりと見張れ。
火の魔法使いだということが街の連中にバレないようにしたほうがいいな」
「ディルにひどく殴られたおかげで、俺はいまヒドい顔だ。
それに、俺の顔を知っているやつは意外に少ない」
おそらく、住民たちに俺の正体がバレることはないだろう。
今回、ベルナルド家に来たとき、火の魔法使いであることがバレたのだって、年老いた家老がたまたま火の杖の形状を覚えていたからだ。
いま、火の杖は取り上げられ屋敷の宝物庫に保管されている。
杖を握りしめているはずの左手をみつめる。
どこに行くにも一緒だった杖が恋しい。
でも我慢するしか無い。
俺は人間になったのだ。
杖はもう無用の長物だろう。
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「レン」
屋敷の門の前。
アリッサが俺のほうに駆け寄ってきた。
「傷は傷まない?
街へ一緒に行くように頼んだけど......ひどい顔だわ。
やっぱり屋敷で休んだほうがいいんじゃないかしら」
「大丈夫だ。致命傷はない」
ディルとの戦いは熾烈だったが急所をにあたらないように、うまく防御して戦った。
「この馬車で行くのか」
「そうよ。乗ってしまえばすぐにつくわ」
俺は先に馬車に乗り込むと、アリッサに手を差し出した。
「お嬢さま。さぁ、お乗りください」
「やだ。お嬢さまなんて、絶対に呼ばないで」
アリッサは頬を膨らませて俺の手をつかむと馬車に乗り込んだ。
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「ベルナルド家が領主として治める地の中心街、カノン......。
この地には30年ほど前にも来たことがある。
あのころは何もなかったんだけど......」
馬車から降りて、あたりを見回す。
俺の言葉にアリッサが顔を上げる。
「なにもなかった?
どういうこと」
「ただの森だった。
動物たちが静かに暮らしていたんだ」
ほんのわずか数十年で、人間たちは森を切り開き快適な住まいを作り上げた。
煉瓦の敷き詰められた道の両側には、肉や野菜を売る商店だけでなく、食べ物を提供する店、服を売る店までできている。
人間の侵略はものすごい勢いで広がっている。
ふと大蛇の言葉を思い出した。
「よく聞け。若造。
俺はやがて人間に迫害されるだろう。
この森も、洞窟も人間たちに侵略される。
人間はそれだけ強大な力を持っている。
俺の魔力を持ってしても、いずれ抗うことは不可能なのだ」
ヤツはそんなことを言っていた。
たしかにヤツの言う通りなのだろう。
人間は森を切り開き、妖精や魔物、エルフ、魔法使いなどは根絶やしにされるのかもしれない。
(こんなこと.....いま考えたてどうにもならないよな)
俺は頭をブルブルとふった。
アリッサを守ることに集中しなければ。




