【ジョアンナ】ディルの瞳
【ジョアンナ】
「うっ」
目を開けると、ぼんやりと部屋の天井が見えてきた。
首を回して周囲を見回す。
ダマスク模様の壁紙や、年代物の戸棚、ベルベットのカーテンが目に入った。
(ここは......お屋敷の客間だわ)
身体の上に、ふわふわの毛布が掛けられていることに気がついた。
(あぁ助かったんだわ......)
生き延びたことが現実とは思えなくて、自分の手をじっとみる。
「っ、つぅ......」
男に殴られた頬が痛い。
これは間違いなく現実の痛みだわ。
ゆっくりと体を起こす。
ニナは......。
彼女は?
助かったの?
あたしはとにかく、ニナが無事なのかどうか......それが気になっていた。
ベッドから降り、ガウンを羽織ると、そっと客間から外に出る。
コンコン!
ニナとディルさまの寝室をノックした。
「ジョアンナです.....」
と声を掛ける。
「入って」
中から、ディルさまの低い声が聞こえてきた。
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ニナはベッドに寝かされていた。
ベッドサイドの椅子に、ディルさまが腰掛けて、彼女の手を握っている。
ニナのほうから「すー、すー」という寝息が聞こえてきて、あたしは心底、安心した。
ニナは生きている。
ぐっすりと眠っているだけだ。
「よ、よかった......。
ニナは生きてる」
あたしが思わずそうつぶやくとディルさまは深くうなずいた。
「間に合ってよかった」
彼はそう言って、ため息を付いた。
「その......盗賊団のあの男に......。
ニナは、傷つけられてませんでしたか」
彼女が、ボスに乱暴されてないかどうか、それが気になった。
「あの男は、執拗にニナを狙っていたので」
「危ないところだった。でもニナは何もされてない。
もしあいつが俺のニナに手を出していれば、今ごろ拷問しながらゆっくりと殺すところだ」
そう言ったディルさまの瞳の奥を見て、あたしはゾッとした。
彼の瞳は、憎悪に燃えていた。
この人は心底ニナのことを愛してる。
この人から、ニナを遠ざけて、自分がその後釜になろうなんて......どうして思えたんだろう。
ほんとにバカだった。
しばらくの沈黙のあとディルさまが口を開いた。
「何があったのか......現場を見てだいたい想像がつくけど。
ジョアンナの口からも説明してくれないか」
あたしは、カークが盗賊団をこの屋敷に招き入れたこと。
そして、スキを見てやつらを蔵に閉じ込めたことをディルさまに話した。
「ジョアンナ......君のおかげだ。ありがとう、礼を言うよ」
ディルさまはあたしに頭を下げた。
「そんな!あたしは何もしてません。
もともと、あたしの判断ミスでカークをこの屋敷に雇い入れてしまったんですし......」
「いや......それは、仕方がなかった。
ヤツの正体なんて、あのときは分からなかったんだから」
ディルさまはそう言って、力なく微笑んだ。
「ニナは......彼女は、盗賊団の連中を焼き殺すことができなくて。
それで、蔵から出てこないように、入口に火柱を作ったんです」
「長時間......魔法を使い続けたんだな」
「ディルさま......盗賊団の連中は?
捕らえたんですか?」
「一人残らず焼き殺した」
ディルさまは即座に答えた。
あたしは思わず息を呑んだ。
「こ、殺されて当然の連中だとは思ってます。
ただ......ニナには、彼らを焼き殺したことを言わないほうが良いかもしれない」
「なぜ」
ディルさまが首を傾げてあたしを見上げる。
「ニナは、彼らを殺したくなかったんです。最後まで慈悲をかけていた。
そして屋敷の財産を命がけで守った」
「......」
ディルさまは無言になった。
「そうだな......ニナには、殺したことを言う必要はないだろう」
ディルさまはニナの寝顔を愛おしそうに見ると、彼女の髪を優しく撫でた。
「だが殺したことに後悔はない。
闇の森の屋敷に押入れば、生きては帰ってこれない。
みな焼き殺される。
この事実を民衆に知らしめることが大事だ......」
あたしはディルさまの言葉にうなずいた。
屋敷をまもるためには、当然のことだと思った。
「盗賊団の連中は、領主さまのお屋敷に連行し、法律の判断で処罰することになった。
......ニナには、そう伝えましょう」




