【ニナ】今のほうが幸せ【ジョアンナ】もう終わりだわ
【ニナ】
サイラスの佃煮をつくったときは、徹夜できたのに......。
まだ夜半過ぎなはずなのに、もうこんなに眠い。
やっぱり魔法を使っていると、疲れる......消耗するんだわ。
集中力がいるし、なんとも言えない疲れが生じる。
だからこんなに眠くなってしまうのよ......。
お父さまでさえ、こんなに長時間、魔法を使い続けたことは無いに決まってる。
一体、どれくらいの間、持ちこたえられるのか......。
(寒い....というより、痛いわ)
冷たい水を浴びた瞬間は、さほど寒さを感じなかったけど。
濡れた服が身体にまとわりついて、体温をドンドン奪っていく。
カタカタと身体が小さく震える。
歯の根が合わない。
寒いと言うよりは、痛いといった感覚が体全体を支配していた。
自分の白い指先を見つめた。
ディルと出会ってから、大変なことばかり起きている。
誘拐されたし、泉で怪我をして高熱を出し......今度は屋敷を襲われ命が危うい。
でも......それでも.......。
アスラルの地で、お父さまと暮らし屋敷に閉じこもっていた日々に比べると、今のほうが幸せと思えるのはなぜだろう。
平穏で安全に暮らしていたあの時よりも。
生きてるって実感があるからだわ......。
がんばろう。
自分のできる限り。
叔父さまやお兄ちゃん、そしてディルだって、一生懸命、お金を稼いでいる。
その財産を、私が守らないと。
できそこないの魔女だけど、それくらいはやらないと。
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「ニナ、太陽がのぼるわ、少し暖かくなるはずよ」
ジョアンナが言った。
「夜を乗り越えたのよ」
ジョアンナはそう言うと、毛布を肩に掛けてくれた。
「震えが止まらないじゃない。
少し体温をあげないと、死んでしまうわよ」
ジョアンナはそう言いながら背中をさすってくれた。
「あ、ありがとう......」
ディルは......早くて明日の朝、帰ってくるのよね。
最悪、昼過ぎになるかもしれない。
まだまだ......、先は長いんだわ。
あとどれくらいの時間を耐えなければいけないのかと考えてゾッとする。
絶望に、頭が混乱してくる。
先のことは考えないほうが良い。
今、この瞬間のことだけ考えよう。
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【ジョアンナ】
ディルさまが戻るのは、明日の朝か昼か......。
水をかぶったのは逆効果だったんじゃない。
ニナは、細かく震えている。
力尽きて倒れると言うよりは、心臓が止まって死んでしまいそうだった。
ニナの近くに焚き火を焚いたが、暖かさはなかなか、彼女の方へいかない。
濡れた服を着替えさせたいけど、魔法を途絶えさせるわけにいかないから、それも難しかった。
日が昇り、太陽があらわれる。
やがて、昼になった。
......そして、日が落ちて夜になったのだ。
ガヤガヤと呑気に歌を歌ったり、野次を飛ばしていた盗賊たちもだんだん静まり返ってきた。
おそらく、空腹が襲ってきているのだろう。
「ニナ、よく頑張ったわ。
あたしは、もういつ死んでも後悔はない......」
「まだまだ頑張れるわ。ジョアンナ、今からでも、あなたは逃げたって良いのよ」
あたしはニナの言葉に黙って首をふると、彼女の背中をさすった。
彼女は強い。
あたしなんかより、よほど強い。
バカ女だと軽蔑していた自分を心から恥じた。
ニナはとても強いわ。
誰よりも、強くて優しい。
力でねじ伏せてくる男なんかよりも彼女のほうが、何倍も強いのよ。
もしかしたら、ディルさまよりも......強い。
それなのに......あたしは......。
「ディルはきっと、早く帰ってきてくれる」
「そうよ、ニナの顔が見たくて、一目散に帰ってくるわよ」
ニナはまた、水を頭からかけてほしいと言った。
あたしは反対したけど......どうしてもと言うので掛けてやった。
彼女の後悔のないようにしてあげたかった。
震えながら夜を過ごす。
あたしも一睡もしてなかった。
やがて朝日がのぼる......。
ディルさまが帰ってくるはずの朝だった。
だが......彼が帰って来るには、まだあまりにも早すぎる時間だった。
「ディル......会いたい......」
ニナの声と、ドサッ!!という音が同時にした。
あたしは、驚いてニナの方に視線を向ける。
彼女はヒザから崩れ落ちた。
倒れてしまったのだ。
あぁ......もう終わりだわ。
でもニナはよく頑張った。
蔵の入口を囲んでいた火柱が低くなり......やがて消えた。
入口を見張っていた男が、蔵の中に向かって叫ぶ。
「おい!!魔女が倒れたぞ!!
火柱が無くなった!!外に出れる!!!」
あたしはナイフを構えると、ニナの喉もとに向けた。
やつらが襲ってきたら、すぐに突き刺して楽にしてあげよう。
「このアマ!!よくもこんなに長い間、閉じ込めやがって!!」
怒鳴り散らしながら、盗賊たちが蔵から飛び出してきた。
殺気立っているのは明らかで、あたしたちを殺す気満々だ。
(ニナを......ニナを殺さなきゃ)
ナイフを持つ手が震える。
「う......」
ニナは青白い顔をして、眉間にシワを寄せ、うめいた。
......できない!!ニナを殺せないわ
盗賊の一人にナイフを奪われる。
「ぬぉりゃーーー!!奥さまに手を出すなぁぁあ」
ティナの叫び声。
「うっ!!ぎゃあああ」
悲痛な叫び。
ティナが殺されたんだわ。
ティナの方を見なくても、彼女の悲痛な叫びから、そのことが判断できた。
盗賊にナイフを奪われ、乱暴に蹴飛ばされた。
「ニナ!!!」
彼女の方に手を伸ばしたが、あたしは、デブ男に頬をなぐられる。
「へへへ、手足を押さえつけろ!!
もう魔法を使う気力はなさそうだけどな」
ボスが、ニナの上にまたがるのが見えた。
「最後に可愛がってやろう」




