【ジョアンナ】水をかぶせた
周囲が薄暗くなってきた。
(夜が来る......)
ニナはなんとか、持ちこたえていた。
ときどき、話しかけたり水を飲ませたりした。
「パンを食べなさいよ」
あたしが、パンを差し出すとニナは、
「食べると、眠くなるから」
と言って首を横にふる。
二階の空き部屋に隠れているティナを呼んできた。
「ティナ、今なら逃げられるわよ。見ての通り、ニナが力尽きたら、あたしたちの命は無い」
「ワシは、奥さまのチカラになりてぇ。ここに残りますわ」
ティナはキッパリとそう言った。
ティナと二人で、蔵の周囲に松明をたき、明かりを確保した。
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「夜は冷え込むわね......ニナ、暖かい毛布でも羽織る?」
「いいえ......暖かくすると、眠くなってしまう」
ニナは、あたしの提案を断った。
「もうすでに、眠くて仕方がないのね?」
あたしがそう言うと、ニナはコクリとうなずいた。
バカだわ......ほんとに。
蔵の中の連中を殺すしか道はないのに。
確かに「人を殺す」しかも焼き殺すなんて、恐ろしい所業だわ。
一生、記憶に残るでしょうね。
でも、やらないと自分が死ぬのだから、やるしかないんじゃない。
「......おい、火の魔女」
蔵の扉のほうから、声がしたので、あたしとニナはビクッとして視線を向けた。
「いつまで、そうやってるつもりだ。
......提案がある」
火柱の向こう側で......ボスはズルそうな目をさらに細めると笑った。
「提案?提案ってなによ」
呪文を唱え続けるニナの代わりに、あたしが返事をする。
「俺たちを、今、逃がしてくれればお前らの命はとらねえ。
俺たちは、この蔵のお宝をもって、ここを去る。
風のようにキレイにいなくなるぜ?」
「......」
あたしは、しばらく無言でボスの提案を吟味した。
「火の魔女よ......。あんた疲れ切ってるんだろ。
俺たちを殺さないように、情をかけてくれてんだよな?
俺たちを逃がしてくれれば、オメェのその情けに答えて、俺たちも乱暴ははたらかねえよ」
「その保証はどこにあるのよ?」
あたしは腕組みしてボスをにらみつけた。
「保証はねえな。信じてもらうしかねえ」
ボスは相変わらずニヤニヤ笑っている。
こんなヤツ、信じられるわけがない。
「俺たちはムダな殺しはしねえんだ。
その証拠に、ゴブリンどもを殺さなかっただろう?
庭師の爺さんは、攻撃してきたから、殺しただけだ」
「ほんとに?何もせずに出て行ってくれるの?」
それまで、黙っていたニナが口を開いた。
「ニナ!ダメだよ。こんなやつの言うこと、信じないほうが良い」
あたしは慌てて口をはさむ。
「あぁ......あんたらには、指一本触れず、サッといなくなる。
お宝はもらうけどなぁ」
ボスはあたしのことは無視して、ニナだけを見つめている。
「疲れ切って、ふらふらしてるじゃねぇか。
俺たちを解放するんだ。
そうすりゃ、暖かいベッドでぐっすり眠れるぞ」
「......」
ニナの表情に迷いが現れた。
「ニナ......信じないで」
「ダメよ......」
ニナがそう言った。
「蔵の中のものは、お、叔父さまや、お兄ちゃんが......集めた......ものなの。
.....か、簡単に渡すわけにはいかないの」
(声が震えてるし、すこし呂律が回っていないわ。
そうとう疲れてるわね)
青白いニナの顔を見て不安が高まる。
彼女は疲れ切っていて思考能力もなくなってきている。
「交渉決裂だな?
お前が力尽きて、この火柱が消えたとき......そのときは覚悟するんだな」
ボスはそう言うと、蔵の中に戻っていった。
「くそっ!!お前らこそ、覚悟しとけ」
あたしは、ボスの背中に怒鳴った。
そして蔵の中の連中全員に聞こえるように、大声を出した。
「この屋敷のあるじのディルさまは、それは強いのよ。
もと兵士で、タダール城では隊長を務めていた。
さらに、あの大蛇討伐にも一役買ってるの。
彼はニナを心から愛してるのよ。
ニナを殺せば、きっとあんたらは、どこまでも追いかけられて、骨まで焼き尽くされる」
あたしの怒声を黙って聞いていたニナがぽつりと呟いた。
「あぁ......ディルに会いたいわ。
彼となりで......眠りたい」
ニナの身体がフラフラと揺れだした。
「......っ!!」
ニナは、すんでのところで意識を取り戻すと、あわてて呪文を唱え直した。
一瞬、弱まった火柱がまた、勢いを取り戻す。
「あ、危なかった。立ったまま寝るところだったわ」
バシーン!!
彼女は自分の頬をつよく叩いた。
「ジョアンナ、お願いがあるの......お水を持ってきてくださる?」
ニナが早口であたしに言った。
「いいわ、水ね」
のどが渇いたんだろう......そう思ったのだが。
「バケツいっぱいのお水を持ってきて」
ニナはそう言った。
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「こんなに寒いのに、無茶よ」
あたしはバケツにたっぷりはいった水を持って、震えた。
深夜にはいり、気温は低く、吐く息が白いほどだった。
「いいから!!私の頭から水をかけて」
「ニナ、こんなものかぶったら、心臓が止まるわよ」
「いまにも眠ってしまいそうなのよ、お願い」
「くそ!分かったわよ!!」
あたしは目をつぶると、ニナにバケツの水をかぶせた。
「......っ!!」
ニナが冷たさに息を呑む音が聞こえる。
でも呪文を唱える声は途切れない。
彼女の身体から、ポタポタと水が滴り落ちていた。
「わ、わたしは屋敷の財産を守る。
守りきってみせる。
ディルのためにも......」
震える声でそう言った。




