【ジョアンナ】逃げ出す計画
【ジョアンナ】
(逃げ出そう)
震える声でブツブツと呪文を唱え続けるニナ。
ディルさまが戻るまで、この状態でいられるわけがない。
早くて今夜......もっても、明日中には力尽きるだろう。
そうなれば、蔵の中から盗賊団が出てくる。
ニナは、男たちに攻撃することができないヘタレだから、すぐに取り押さえられ殺される。
あたしも、もちろん秒で殺されるだろう。
そんなの困る。
冗談じゃない。
こっそり逃げ出そう。
屋敷に戻って、ニナの衣装部屋から、宝石や貴金属類を盗み出して逃げ出せば良い。
ヴェッセルまで歩いていき、そのあとは馬車を雇って高跳びする。
......そうね、カノンとかチカラの街まで逃げて、そこでなにか商売を始めればいいじゃない。
あたしは、蔵の扉の前で、必死に魔法をかけ続けるニナを放ったらかしにして、屋敷に戻った。
そして旅行カバンに、ニナの宝石類を詰め込んだ。
(よかった。ここの宝石類はまだ、盗賊たちに盗られてなかった。ツイてるわ)
着替えと貴金属のつまった重い旅行カバンを背負って、屋敷の庭に出る。
屋敷の正門から出ようとして、ふと足が止まる。
あたしとしたことが......何を思ったのか、ニナのことが気になったのだ。
(あの子......そういえば水も飲んでなかった。
もうお別れなんだしね。
水と食べ物くらい、足元に置いといてやろう。
それくらいしか、してやれないけど......)
旅行カバンを正門の木の陰に隠すと、ニナのもとへと走って戻った。
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「ニナ!厨房からパンと水持ってきた!
呪文を唱えながら、食べられるのか分かんないけど」
「ありがとう!ジョアンナ.......とても、のどが渇いていたのよ」
ニナはあたしのほうへ視線をチラッとむけると、力なく微笑んだ。
すでに顔には疲れが出ていた。
「ごめんなさい、水を飲ませてくださる?」
ニナが申し訳無さそうにあたしに頼んだ。
(チッ、仕方ないわね)
あたしは水の入ったビンを持ち上げるとニナの口元にもっていく。
ゴクッ、ゴクッ。
ニナは素早く飲むと、また呪文を唱える大勢に戻った。
「ねぇ......ジョアンナ」
ニナが呪文を唱える合間に、すばやくこちらに話しかけてきた。
「なによ」
あたしはぶっきらぼうに答える。
(なにか、頼まれるに違いないわ。
暖かい毛布を持ってきてとか、背中がかゆいとか?
それとも、パンじゃ足りない。厨房からチキンを取ってこいとか?)
何を頼まれるのか......。
面倒くさいことを言われないと良いけど.......と、あたしは身構えた。
だがニナの発した言葉に、あたしは耳を疑った。
「ジョアンナは、今のうちに逃げて」
彼女は、そう言ったのだ。
うっすらと、寂しそうな微笑みを浮かべ、彼女はそう言った。
「な、なにを言ってるのよ......」
実際、逃げる気満々だったくせに、あたしは彼女の言葉に戸惑う。
「私、がんばるけど......ディルが戻ってくるまで、体力が持たないと思うの」
「そうね......」
あたしは彼女の言葉にうなずいた。
「ジョアンナだけでも逃げて。
屋敷に残ってる使用人を集めて逃げてくれたらとても嬉しい」
「......屋敷にはもう、ティナしか残ってないわよ。
彼女は2階の空き部屋に隠れてると思うけど」
「ティナが?よかった。
ティナは足が悪いから......一緒に逃げてあげて欲しい」
ニナは素早くそう言うと、火柱の方に向き直った。
扉の隙間には、相変わらず見張りの男が、ニナのことをニヤニヤしながら見つめている。
「部屋にある宝石を持っていくと良いわ......そうすれば食べ物に困らないわよね?」
ニナは、視線だけあたしに向けた。
この言葉を聞いたとたん.......あたしの中で、何かがキレた。
「バカ、バカ、バッカじゃないの!!!!」
ニナに向かってそう叫ぶ。
「えっ.....ジョ、ジョアンナ?」
ニナは目を丸くして、あたしを見た。
「バカだよ!!あんたは!!
あんた、男どもが蔵から出てきたらどうなるか、分かってんの?」
「分かってるわ。殺される」
「殺されるだけじゃないわよ。
男どもに裸にされて体中を触られるわよ。
その上、とても痛いことをされるわ!!」
あたしはツバをとばして、まくし立てた。
「......怖いわ。すごく嫌。でもどうしようもない」
ニナは目に涙をためた。
「バカだね。
盗賊たちを、全員、焼き殺せば終わる話よ?
あんな奴ら、生かしといたって危険なだけなんだから」
「....」
ニナは無言のまま、首を横に降った。
涙が飛び散った。
「ジョアンナとティナが助かってくれたら嬉しい。
お願い、逃げて」
「......逃げないわ」
あたしは自分で言った言葉に、自分自身で驚いた。
(何を言ってるの、逃げないって......あたしは、何言ってんのよ)
「逃げないわよ!あんたに命令されても、あたしは残る」
そう言って、地べたに座り込み、あぐらをかいた。
「ジョアンナ......」
ニナのバカ........!!
ニナが、底意地が悪くて、ワガママで自分のことしか考えてない女なら良かった。
それなら、今すぐに別の街に逃げて、そこで雑貨屋でも開いて地道に幸せな生活を送ってたわよ。
あたしは、天邪鬼なのよ。
「逃げて」
なんて言われて、逃げ出せるもんか。
逃げ出せるもんか......。
「ジョアンナ、どうして泣いてるの?怖いの?」
ニナが心配そうにあたしを見た。
「怖くなんか無いわよ。
あんたが力尽きたら、男たちに襲われる前に......あたしはナイフで、あんたを殺してあげる。
そのほうが、きっと楽に死ねるわよ」
「助かるわ。でも逃げてくれたほうがもっと嬉しいのだけど......」
ニナは、あたしに向かって、また寂しそうに微笑んだ。




