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【ニナ】嫌な予感・【ジョアンナ】涙が止まらない


【ニナ】


「心配だな......」


ディルがヴェッセルの隣まち、「ハナ」へと旅立つ朝。

彼は屋敷の玄関で、不安そうな目で私を見つめていた。


「何も起きないわ。

闇の森やこの屋敷は、魑魅魍魎がすつくう場所として世間から恐れられているのよ。

それに無断で足を踏み入れれば、火の魔法使いに焼き尽くされるとして有名なの。

叔父さまがここにいた時代から、盗賊なんかに襲われたことは一度もないって聞いてる。

心配要らないわ!」


私はディルを安心させようと、明るい声で彼にそう伝えた


「そうだけど......。嫌な予感がするんだ」

「大丈夫よ。それに忘れたの......?」


「......えっ?」

ディルが不思議そうに目を見開く。

私はディルの目の前で、大きく手を回転させた。


ボッという、爆発音とともに、手のひらの上に、青い炎が燃え上がった。

「私だって、火の魔法使いよ。

敵が来たら焼き尽くしてくれるわ」


「ニナ......久しぶりに君の魔法を見た」

ディルはようやく笑顔を見せてくれた。


「私の炎を見ると元気が出るでしょ?」

パンと音を立てて両手を閉じると炎を消す。


「忘れていたよ。

ニナは怒ると怖いんだよな。

可愛い顔をして、ゴーレムの主人を焼き尽くしたのは忘れられない」


ディルは私の手を引っ張ると、自分のほうへグイッと引き寄せた。

彼に抱きしめられる。

彼の胸に顔をうずめて、息を吸い込んだ。

(あぁ、ディルの匂いだわ、安心する)


「ディル......気をつけて。無事に帰ってきてね」

彼の首に腕を巻き付けてぎゅっと抱きついた。

そして思い切って、彼のくちびるにサッとキスをする。


ディルは驚いたように目を見開いて頬を赤くした。

(......照れてる?可愛いわ)


「ニナ......帰ってきたら、話したいことがある。

最近の、俺たちのこと......。

ニナの闇の森で働きたいって言ってたことも。

お互いが満足するような良い方法はないか、話し合いたいんだ」


ディルが私の腰に両手を当てて、じっと目をのぞきこむ。

私は彼の首に腕を絡めたまま

「うん」

とうなずいた。


最近の俺達のこと......って何かしら。

キス......してくれなくなったこと......かな。


とにかく、今はディルが無事に帰ってきてくれることだけを考えよう。


彼が帰ってきたら......そしたら、そのときに、ディルに内緒で闇の森に行ったことを打ち明けて、たくさん謝ろう。

そう思った。

---------------------------------------------


【ジョアンナ】


ディルさまが行ってしまわれたわ。

あたしは、食堂の窓から屋敷を出発する馬車をぼんやりと眺めていた。


ほんの2日間くらい離れるだけなのに。

玄関前で長いの別れのように、熱烈に抱き合うニナとディルさまをみて、呆気にとられた。


なんなのかしら、あの二人は.......。

満足に夜の営みもしてないのに、どうしてあんな風にしていられるの?


一緒のベッドで寝ているのに、一度も関係を持っていない。

それなのに「愛し合ってる」?

頭おかしいとしか思えない。


あたしは昨夜のことを思い出していた。


昨夜......あたしはディルさまの浴室に忍び込んだ。

彼を誘惑しようと決心したのだ。


「ディルは最近キスをしてくれなくなったの」

ニナはお茶をしたときに、そんなことをポツリと言った。


「それは......きっとお疲れなんでしょう、気にすること無いです」

あたしはそう言って、ニナを励ましたけど。


これはチャンスだと思った。


ニナに、夜の営みを断られ続けて、ディルさまはもう諦めたのよ。

そりゃそうよ。

結婚したっていうのに、拒否され続けたら嫌になるわよね。


ニナは、あたしの言葉

「裸を見せたら離婚になる」

というバカバカしい嘘を、信じ続けているようだった。


ディルさまを慰められるのは、あたししかいないわ。

あたしが誘惑したら、今ならコロッと落ちる......そう思った。


ほとんど裸のような、薄い下着だけ身につけて、ディルさまのいる浴槽にそっと入り込んだ。


「誰だ?」

元兵士のディルさまは人の気配にすぐに気づく。

ザバッと浴槽から立ち上がる水音が聞こえた。


「ジョアンナです......」

あたしは身をくねらせて、セクシーな姿勢をつくった。

胸を手で隠して、恥じらいも見せた。


浴槽から立ち上がったディルさまは、素っ裸だった。

筋肉隆々で......無駄な贅肉なんてひとつもない。

男らしい体格がいまでも目に焼き付いてるわ。


ディルさまは、裸体をあたしに見られても慌てること無く、静かに言った。

「ジョアンナ......ここは俺の風呂場だ。

君の場所じゃないよ?間違ったのか?」


「ま、間違ったようです......でも」


あたしは、もう引き下がれない。

「ディルさま、お背中を流してさしあげます」


そう言いながら、彼の身体に抱きついたのだ。


あたしの乳房や、柔らかい肌を彼の身体に密着させる。

彼は冷静ではいられないはずよ。


それなのに。


「ジョアンナ。俺の身体はニナのものだ。

もちろん心も。

こういう事をするようなら、ここの仕事は辞めてもらうしか無い」

冷たい声でそう言うと、あたしの身体を自分から引き剥がした。


目をうるませて、彼を見つめたけど、ムダだった。

彼は全く興奮していない様子で......冷めた目であたしを見ていた。


「も、申し訳ございません。

夕飯のときにアルコールを飲んでしまったのです。

酔っているようです」

そんな嘘をついて、あたしは浴室から逃げ出した。


(クソ!クソ!!)

あたしは毒づいた。

ニナは、頭にお花が咲いたバカだし、ディルさまだって、頭がオカシイわ!!

男は、欲求不満なら、くるもの拒まずでいいじゃない!!


クソッ!!

あたしは自分の使用人部屋にもどると、書物を壁に思い切りぶつけた。


はー、はー、と荒い息を整える。


しばらくして、ヘナヘナと床にしゃがみこんだ.......。


クソ......ちくしょう......。

ディルさまのバカ!!

なにが

「俺の身体も心もニナのものだ」だよ!!

アホらしい。馬鹿らしい。


ニナもニナだよ。

なにが

「盗みをさせてしまったほうにも責任があると思うの」

だよ。


バッカじゃないの!!バッカじゃないの~!!


床にポタポタと水が垂れたのでびっくりする。

(水漏れ!?)

慌てて天井を見る。


違うわ......。

あたしの目から涙が流れてるのよ。


なんで、あたし、泣いてるの......。


別にディルさまのことなんて、本気で好きじゃない。

ちょっと男前でカッコいいってだけで、心底好きなわけじゃない。

じゃあ振られたくらいで、どうして泣くの......?


あの二人が、とことん、「いい人間」だからだわ!!

あたしには考えられない聖人のような「いい人間」

理解不能。


どうしてだろう。

なぜか涙が止まらなかった。



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