【ジョアンナ】支配者になるつもり
【ジョアンナ】
あたしは優雅な動作で、馬車から降り立った。
昼下がりのヴェッセルの街。
人で賑わう大通り。
通り沿いに屋台を出している町人たちが、あたしのほうへ、チラ、チラと視線を向ける。
肉屋に、魚屋......薬草、小物や雑貨を売る店の店主たち......。
それに大勢の買い物客たち。
みんな、つい最近まであたしのことを「盗人」として見下していた連中だわ。
あたしが売春婦に身を落とすのを楽しみに待ち構えていた男どももいるわね。
ご期待に添えなくてごめんなさいね。
あたしは、もうすぐ闇の森の支配者ディルさまの奥方になるのよ。
あんたたちとは、目指すものが違うのよ。
闇の森は珍しい動植物でいっぱい。
高値で売れるような薬草や山菜、それに珍しい小動物で、あふれていた。
ゴブリンたちが、森の奥の洞窟を掘れば金も埋まっているはずだと言っていた。
ディルさまは欲がないから、薬草や山菜をチマチマ売って、商売してるけど。
あたしが、彼の妻になったあかつきには、ゴブリン軍団とともに盛大に金脈を掘削するわ。
そして大儲けするの。
そしたら、この街を支配している貴族から、ヴェッセルを街ごと買い取ってもいいわね。
そうなれば、町人であるお前たちはあたしの支配下になるのよ。
「領主さま、よくおいでになりました」
って頭を地面にこすりつけるまで下げてもらわないと。
「カーン!カーン!」
広場の塔から、時間を知らせる鐘が鳴らされた。
あたしはハッとする。
......いけない。
妄想が広がってしまったわ。
まずはディルさまのお言いつけどおり、男を一人雇わなくては。
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あたしは街の酒場で何人かの男に声を掛けた。
「お前はいくらなんだ?
どうせ金がほしいんだろう」
口を開けばそんなことを言い出す男ばかりでゲンナリしたわね。
「バッカじゃないの?
あんたごときに、あたしは買えないわよ。
逆よ。あんたの労働力を買いたいって、あたしは言ってんのよ。
女が男を買うってこともあるんだと......その小さな脳みその常識を変えときなさい」
あたしは早口でそんなことをまくしたてると、ゲスな男を追い払った。
世の中にはロクな男がいない。
ディルさまのように優しくて誰に対しても平等で、高潔なお方はなかなかいないのだわ。
「酒場だと、ロクな男がいないわね。
そうだわ。近くにちいさなカフェがあったはず」
あたしは、酒場を出て、カフェへと場所を移した。
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「なぁに、このカフェ......」
一歩、店内に入るとあたしは、ビックリして口をまぁるく開けた。
初めて入るカフェだった。
ディルさまに拾われる前は、食べ物に困るほどの貧乏人だったのでカフェに入る余裕など、なかったのだ。
「カーク!早く、こっちにきて、」
「カーク、あたしの紅茶はまだかしら?」
店内は、女の客だらけだった。
(どうしてこんなに女ばかりなのよ)
店員の一人に案内されて窓際の席に座る。
店内には「カーク」と呼ばれている若い男が、くるくると動き回って働いていた。
「カーク、今日も可愛いわね」
(......どうやら、女たちは彼に夢中みたいね......)
「カーク」と呼ばれる青年は、赤茶色の髪に、童顔で大きな目。
たしかに可愛らしい顔をしていた。
女の客たちは、彼目当てに来ているんだわ。
やがて、カークがあたしの席に注文を取りに来る。
「いらっしゃい。
......あれ?はじめてだよね?」
「そうよ、始めて来たわ」
あたしは冷たい声で答える。
「そうだよね、こんなかわいい人、一度来たら忘れないし」
カークは、そういってウィンクしてみせた。
この男は、生粋の女ったらしね。
あたしは、ピンときた。
そうだわ!!
「この男に、ニナを誘惑してもらおう」
ナイスアイデア。
さすがは、あたしだわ。
「あんた......。闇の森のお屋敷で働かない?」
「えっ、突然なんだよ」
カークは戸惑っている。
「ほんの数時間、山菜を採取してくれればいいの。
この店と、掛け持ちで働けるはずよ?」
カークは大きな目を興味深そうに光らせると、天井を見上げた。
「うん......ちょうど、もうひとつ仕事があればな......とは思っていたんだ。
でも、お金次第だね.....」
「闇の森が怖くはないの?」
あたしは一応、彼にそう聞いた。
「なにごともお金次第だよ」
カークは、再び同じ言葉を呟いた。
その表情は女たちに見せるものとは全く別で、冷めたような......硬い表情だった。
お金次第で動く人間は、扱いやすい。
いい人材をみつけたわ。
あたしはカークに言った。
「この店の給料の倍は出せるわ」




