肉弾戦
【アリッサ】
(なんだか外が騒がしいわ)
ハーブティーを飲みながら、朝の読書を終えたあとだった。
外から男たちの騒がしい声が聞こえてきた。
(兵士たちが朝の訓練をしてるのね。
そういえば、レンも訓練に参加してるのかしら......)
開け放たれたバルコニーの外に出てみた。
あたしの部屋は2階にある。
階下の庭を見下ろすと兵士ふたりが向き合って戦いを始めるところだった。
対戦するふたりを囲むように、他の兵士たちが輪になって野次を飛ばしている。
(いつもは、あんなに騒がないのに......誰が戦ってるの?)
よく見ると、戦っている兵士はレンだった。
「レン!?......そんな」
あたしはもっと近くで見ようと、急いで部屋から出た。
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【レン】訓練場
ディルはニヤッと笑いながら俺を指さした。
「お前は今まで魔法ばかりつかって戦ってきたんだろう。
肉弾戦ができるとは思えないな!」
「そうだ、そうだ!!
魔法使いは魔法ばかり使って、ラクをしてる。
きっと格闘技なんか分かってないぜ。
3秒と持たないな!」
アハハハと、みんなの笑い声がひびき渡る。
「魔法使いは汗ひとつかかずに、指先だけで戦ってきたやつだ。
ディル、本物の戦いを教えてやれ!!」
「こてんぱんにやっちまえ!!殺しちまえ!!」
殺せ!殺せ!
そんな声援が飛び出す。
「......」
カラン!
俺は、持たされた木刀を地面に投げ捨てた。
「なにっ、木刀を投げ捨てたぞ」
野次馬の一人が叫ぶ。
「やっぱり魔法を使う気か!?
ずる賢い魔法使いのやりそうなことだ」
ザワザワとしはじめる。
「ディルはすでに3人と戦っただろう。
俺より体力を失っている。
だから、俺は武器無しで戦う。
これでイーブンだろう」
誰に言うともなしに、俺はそう叫んだ。
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しばらく、ディルと俺は互いの目をじっとみながら、ぐるぐると孤を描くように動いた。
「ディル!!なにしてんだ。クソ魔法使いを早くやっちまえ!!」
「なんだ?!魔法使いのやつ、やっぱり臆病者じゃねえか。
戦いを早く仕掛けろってんだ!」
野次馬どものうるさい声がする。
だがそれは、はるか彼方から聞こえてくるように思える。
それほど、俺は戦いに......ディル一人に集中していた。
(スキが無い)
だが仕掛けるしかない。
そう思った瞬間だった。
「うらぁ!!」
ディルが突然叫ぶと、こちらに突進してきた。
ディルは、ブン!!と大ぶりに木刀を振るう。
俺は、しゃがんで木刀をよけながら、同時にローキックを繰り出した。
ディルは小さく飛び上がって俺のローキックを避ける。
「おぉーっ」
「すげえ」
野次馬たちから、歓声が上がる。
ディルはまた木刀を俺の頭部めがけてふるう。
この木刀をなんとかしなければ勝ち目はないだろう。
「ガンッ」
鈍い音を立てて、俺は腕の硬い骨をつかって、木刀を受け止めた。
鋭い痛みが走ったが、ある程度は受け流したので骨が折れることはない。
瞬時にガラ空きになったディルのみぞおちにパンチを入れる。
パンチはクリーンヒットし、同時にゆるんだディルの手から木刀を奪うことに成功。
俺はディルの木刀を遠くに放り投げた。
「チィッ!!」
ディルは頭部を狙って、ストレートパンチを繰り出す。
俺はそれに対し、半身になって避けた。
だがそのパンチは、どうやらフェイントだった。
顔に向けられたパンチに気を取られ、がら空きになった俺の胴体にディルが膝蹴りをいれた。
「ぐふっ!!」
強烈な膝蹴りに息が止まる。
前のめりになって腹をガードする俺に、ディルはさらに首の後ろに、肘打ちをいれやがった。
俺は、膝をついて崩れ落ちる。
「いいぞ!!ディル、とどめを刺せ!」
ザワザワと野次馬がさわぐ。
「まだまだだ!!」
俺は流れ落ちる鼻血を口から吐き出すと、叫んだ。
「そうこないと」
ディルがニヤリと俺を見て笑う。
ヤツは、俺の前髪をひっぱると、頬を横殴りに何度も殴った。
だが俺も負けていない。
俺はやつの脇腹にパンチを入れる。
そしてローキック。
このローキックが地味に効いたのか、やつも地面に膝をつく。
「デ、ディルが膝をついた。
あり得ない」
野次馬の兵士が叫ぶ。
(いまだ!!)
俺は膝をついたディルに躍りかかると、ヤツの目を手のひらで思い切り叩いた。
手のひらで叩くのは女の攻撃のようで、威力が弱いように見えるが実はそんなことはない。
拳で叩くよりも自分にダメージは少ないし、相手の目を一瞬で潰すことが出来る。
目くらましだ。
目くらましを受けたディルの首に肘をあてて、やつを地面に仰向けに倒した。
俺はやつの上に馬乗りになって、顔を殴る。
そして人差し指と中指を、ヤツの目玉を突き刺すように向けた。
「どうだ......隊長!勝負アリだ」
俺は隊長の方をみた。
シュウは小さくうなずいた。
だがそのとき、シュウの後ろにいるアリッサが俺の目に入った。
「アリッサ......」
アリッサに気を取られた俺は、馬乗りになって押さえつけていたはずのディルに抜け出される。
そして思い切り横っ面に回し蹴りを入れられてしまった。
「ハッ!!......ハァッ」
横っ面に回し蹴りを入れられた俺は、うしろに受け身を取って一回転した。
そして、防御の構えを取ってディルをにらみつける。
だが、ディルは力尽きていて、地べたに四つん這いになっていた。
「この勝負......引き分けとする」
シュウが、ようやく勝負の終わりを告げた。
「す......すげえ」
「まじで、攻撃の手が早かった。
パンチもキックも早くて重そうだったな」
「魔法使いのヤツもディルも凄すぎる」
「あぁ......。こんなの、見たこと無い」
野次馬たちが口々に感想を言っているのが聞こえた。




