【ジョアンナ】やつれたディルさま
ディルさまはニナのそばから離れようとしない。
ずっとニナがいる寝室にこもりきりだった。
世話なんか、侍女にまかせれば良いのに。
やがてニナは熱が下がり、普通に屋敷の中を歩き回り始めた。
ニナはすっかり元気になったのに、それでもなお、ディルさまは彼女の側につきっきり。
ニナが歩くのを付き添い、食べるのを手伝い、着替えさえも手伝いそうな勢いだった。
「ニナ、気分はどうだ?具合は悪くないか?」
しょっちゅう、そんなことを彼女にたずねている。
まさに目に入れても痛くないというほどの溺愛ぶり。
ニナの傷の消毒も一日に何度もディルさまが行っているみたいだった。
(なによ......仕事のほうは、放ったらかし?
サイラスのビン詰めの売れ行きは、見に行かなくて良いのかしら)
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ある日、あたしはディルさまの執務室に呼び出された。
(なにかしら?)
ワクワクしながら彼の部屋へ行くと、ディルさまはやつれたご様子だった。
きれいな金髪にはツヤがなく、少しお痩せになったみたいだった。
ニナの看病で疲れたのだろう。
でもそのやつれた様子が、かえって魅力的に見えた。
ディルさまは執務室の奥のデスクに座っていた。
あたしを見るとニッコリと笑った。
「ジョアンナ......お願いがあるんだ。
街へ行って、薬草や山菜の採取ができる人間を見つけてきて欲しい」
ディルさまはそう言った。
「人を雇うのですね」
「そうなんだ......。今うちにいるのは、年寄りか、細かい作業はできないゴブリンしかいない。
侍女でさえも、年配の老女だ」
「そうですね......このお屋敷で働くのは怖いと思っている人間が多いですから。
働きに来てくれるのは、他に仕事のない見捨てられたような高齢者ばかりです」
「年寄りでは、森での作業をさせるには危険だし、体が持たない。
なるべく若くて力のある男を探してきて欲しい」
「わかりましたわ」
あたしは、椅子に腰掛けているディルさまにそっと近づいた。
そして、彼の髪に触れた。
「......!?なんだ?何かついていたか?」
ディルさまはビックリして、髪に触れるあたしを見上げる。
「ホコリが......ついていたもので」
嘘を付く。
そのまま、手をすべらせて彼の肩に手をおいた。
「疲れたお顔をなさっていますよ......マッサージしてさしあげましょう」
彼の肩を優しく揉む。
「大丈夫だ。ちょっと寝不足なだけだから。
ジョアンナ、今から街に行って、頼んだことを済ませてきてくれ。
闇の森の貴重な植物の採集を任せるのだから、信頼できるものを探して欲しい......」
ディルさまは肩に置いたあたしの手に自分の手を重ねた。
彼の手と自分の手が重なって、ドキッとした。
でも、ディルさまは、そのまま、私の手を自分の肩から外したのだった。
「ジョアンナ......」
ディルさまがあたしの目をじっと見つめる。
「は、はい......なんでしょう」
「本当に助かる。
俺はいま、ニナのことが心配で頭がいっぱいなんだ。
しばらく街へは行けそうもない......」
やつれた顔で力なく笑うディルさまの表情に胸がざわつく。
彼はやっぱりニナに心を奪われている。
どうしたら、彼の頭からあの女を追い出すことができるのかしら......。
「お任せください......サイラスのビン詰めの売れ行きも見てきます」
私は、ディルさまにむけて微笑んだ。
「本当にありがとう......ジョアンナがいてくれてよかった」
そう言うと、ディルさまは、あたしに向かって頭を下げたのだった。




