【ディル】消毒
ニナの高熱は2日ほど続いた。
彼女は熱にうなされて、訳のわからないうわ言を繰り返し、苦しそうだった。
もう見ていられない。
苦しむ彼女の姿をこれ以上見ていられないと思ったとき、熱がようやく下がり始めた。
何度も彼女のひたいに手を置いた。
それこそ、30秒おきに。
熱はすっかり下がって、丸一日、上がってくることはなかった。
「......あぁ......助かった」
安堵のあまり、涙が流れ落ちた。
「もう、こんな思いはしたくない」
そう思った。
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「ニナ、ちゃんと食べられたか」
侍女が運んだニナの昼食の皿を見る。
きれいに平らげてあった。
「食べたわ。ディルは?もう食べたの?」
「俺も、いま、食べてきた」
ニナはそれを聞いて、にっこりと笑う。
「そろそろ起きて、普通に生活したいわ。
もう熱が下がって丸一日経つんだし」
ニナはモゾモゾとベッドの上で体を動かした。
「ダメだ。あと一日はゆっくりしておくんだ」
ほんとうは、あと一週間くらい寝ていてほしかったけど、ニナはジッとしていられないみたいだし、無理そうだった。
「もう治ったのに。
それにサイラスがまた生えてきているかもしれない。
見に行きたいの......」
「ダメだ!!」
思わず大きな声を出してしまった。
ニナがビクッと肩をふるわせる。
「......大声だして、ごめん。
サイラスの採取は、使用人にさせるんだ。
ジョアンナに、薬草や山菜を採取する使用人を、街で探してもらうつもりだ」
「そ、そうなの......」
ニナは怯えたように、俺のことを上目づかいでみている。
怖がらせてしまったようだ。
「今後、ニナは森に行ってはダメだ」
「それは......サイラスを根元から取らなかったから?
でも......結果的に、根元から取らないほうが、すぐに生えてくることが分かったんだし」
「違うよ、そう言うことじゃない」
ニナは自分が失敗したから、俺が怒っていると思っているのか。
「ごめんなさい......これからは、ちゃんとディルに相談してから行動するから。
だから、森には行かせて欲しいの。
とても楽しかったのよ.......」
「ダメだよ」
俺はベッドサイドの椅子に腰掛けると、ニナの包帯に巻かれた腕にそっと手をおいた。
「こういう目にあってほしくないから言ってる。
サイラスを根元から取らなかったとか、そんなのどうでもいい。
ニナが心配だから言ってるんだよ?分かるだろ」
「......」
ニナは目に涙をためて、俺を見ている。
「ディルは怒ってるの......?」
「少し怒ってる。
だって、ニナは傷を負ったのに、手当もせずに無理したから」
ニナの腕の包帯を解きはじめた。
傷口の消毒をするつもりだった。
「ごめんなさい......バカだったわ。
私......迷惑ばかりかけてる......」
ニナはしょんぼりとしている。
ニナはたぶん分かってない。
俺がどれだけ大切に思っているのか。
俺が怒っている理由が......彼女には、ちゃんと伝わっていない気がする。
包帯がすべてとれた。
彼女の白い二の腕には、ミミズ腫れのような真っ赤な傷がジグザグに走っている。
「ちょっと痛むよ」
ニナは目に涙をためたまま、コクリとうなずいた。
医者に処方された消毒薬をふくませた布を彼女の傷口に置いた。
「......んっ」
ニナはビクッと身体を震わせると、目をぎゅっと閉じた。
「ニナ......もう少しだから我慢して」
またコクリとうなずく。
(傷跡が残るかもしれない......俺のせいだ。
ニナを一人で森に行かせるような......そんなことをさせたから)
消毒が終わって、清潔な包帯を巻く。
「よく見たら、こっちの腕も傷だらけじゃないか」
ニナの腕には細かい傷が、他にもたくさんできていた。
ニナは痛がったが、腕のほかの傷も消毒した。
「どうしてこんなに傷だらけなんだ?」
「......崖から落ちたの」
「えぇっ!?崖から!?」
俺が大声を出すと、ニナは「しまった」と言う顔をして口をおさえる。
「崖と言っても、低い崖よ!落ちても骨も折らないような......
......あっ、ディル!?」
俺は毛布をめくると、彼女の寝間着をまくり上げて、足を調べた。
「やめて......なにしてるの」
彼女はあわてて足を閉じた。
「やっぱり、足にも傷がたくさん付いてるじゃないか」
「崖から......その低い崖から落ちたとき出来たのよ。
かすり傷よ?」
「腕の傷みたいに、ばい菌が入ったらどうする」
俺は消毒薬をとると、ニナの足にも塗ろうとした。
ニナが慌てて、俺の手を止める。
「しみるから、もう嫌よ.......」
「ダメだ。我慢するんだ」
また菌が繁殖して、熱を出されたら俺はきっと消毒しなかったことを後悔する。
「分かったわ.......我慢する。
ねぇ、手を握っていて良い?」
「手を握られていたら、消毒できない。
俺の腕を強くつかむといい。
いくらでも爪を立てていいから」
ニナの足のふくらはぎの傷を消毒した。
結構、深い傷もあった。
「......っ......痛いわ」
ニナが俺の腕をつよく握った。
「がんばって」
寝間着をまくり上げて、太ももや足の付根を調べる。
「あっ、ダメよ」
「ニナ......そんなこと言ってる場合じゃない」
「は、恥ずかしいわ」
「ここも傷だらけだ」
「ディル......あっ、痛いっ」
「もう少しだから」
彼女の傷ついた両足の傷口をすべて消毒する。
「身体は?背中や腹には傷はない?」
「か、身体は服で覆われていたから、怪我してないわ」
ニナは顔を真赤にして、身体に両手を当てて隠した。
「......ほんと?」
「ほんとよ。足と腕は、むき出しだったから怪我したの。
長袖と、ズボンでいくべきだったわ。......バカだったの」
ニナは涙をぬぐった。
俺は彼女の頭をポンポンと撫でた。
「ニナ......よく我慢した。消毒は終わりだ。
さぁ、また少し、眠って」
「ありがとう、ディル......ほんとにごめんなさい」




