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【ディル】子犬のよう


「街に連れて行ってほしい......」


ニナはそう言って必死に、俺の腕にしがみついた。

なんだか子犬みたいだった。


「街に......?でも......ニナ......」

ニナの目の下にはうっすら隈ができ、髪の毛にツヤはなく、表情は疲れ切っていた。


「ベッドで寝たほうが良いと思って起こしたんだ。

休まないと......。このまま街へ行くなんて無茶だ」

彼女の髪を優しく撫でながら、顔をのぞき込んだ。


ニナにさわるの......数日ぶりだな。

俺にさわられるのをニナが「苦痛」だと感じている。

ジョアンナにそう聞かされて、さすがに、ニナに触れることが出来ずにいたのだ。


「でも......だって......」

俺が否定的なことを言ったので、ニナは明らかにガッカリした顔をした。

下唇をかみしめ目に涙をたくさんためて、俺をじっと見つめている。


(なんだよ。めちゃくちゃ......可愛い)


「わ、分かった。じゃあ、ニナも一緒に行こう?

でも用事が済んだら、すぐに屋敷に戻って身体を休めるんだ」


「ディル!!」

ニナは俺にぎゅっと抱きついた。

彼女の柔らかい胸が身体があたり、ドキッとする。

ニナの甘い香りががふわっとただよった。


(抱きつかれたり、キスしたり......。

もうそれだけじゃ、俺は限界だ......)

思わずため息が出る。


サイラス販売の件が片付いたら、きちんと話し合わないと。


「ディル、行きましょう!?

私着替えてくるわ!」

ニナは疲れ切っていたけど、元気にそう言った。


可愛くお願いされたから思わず、首を縦に振ってしまったってのも大きいけど.......。


ニナは、ひと晩中がんばって、料理をしたんだ。

それなのに「街に連れて行かない」なんて、可哀想すぎるじゃないか。


彼女の喜ぶ顔が見たかった。


-------------------------------------------


「えっ?......ニナも街へ行くんですか?

彼女がサイラスを加工した?」


ニナも連れて行くと言うと、ジョアンナは目を丸くした。


「そうなの。ジョアンナ......。

私は商売の邪魔にならないようにするから。

お願い......」

ニナはジョアンナの腕にもしがみついていた。


よほど行きたいのだろう。

連れて行くことにしてよかったと思った。


------------------------------------


.......ヴィッセルの南端......食材を扱うことで有名な商人、エドワルドの屋敷。

俺とジョアンナ、それにニナはエドワルドの応接室の、ソファに3人並んで座っていた。


「なんですと?サイラスを加工して持ってきた......ですと?」

エドワルドは、ビン詰めを眉をしかめて見つめた。


「サイラスの佃煮なら、最近、隣町からも大量に入って来るようになったんです。

こちらとしては、新鮮な......素材そのままのサイラスが欲しかったんですけどねぇ」


「そうですわよね。

素材としてのサイラスを納品するとお約束したのに、とんだ間違いをして......申し訳ございません」

ジョアンナが、ニナをチラッと見ながら言った。

ニナは小さくなって黙っている。


「ためしに一口、試食してみては、いただけませんか」

俺は、エドワルドに頼んでみた。

食べてみれば美味しさが分かるはずだった。

「どれどれ......」

彼はため息を付きながらビン詰めのフタをひねり、スプーンで中身をすくう。


「......ん?これは......」

エドワルドは目を見開いた。

「変わった味がする。美味い!」


ずっと下を向いていたニナがパッと商人の方を見る。


「これは、すごい!!

なんというか......どんどん食べたくなる。

これなら店先に試食を置けば、次々に売れるだろう」


-------------------------------


当初、予定していたよりも高い金額で取引できた。

素材としてのサイラスを売るよりも、加工したのだから手間ひまがかかる。

高い金額になるのは当然のことだが、予想よりも利益率が高かった。


「根っこから引き抜いてないなら、春の間、サイラスはまた生えてくる。

根っこから引き抜くと、もう次の季節まで生えないんだが......」


「それなら、私、根っこは残したわ!!

また生えてきたら、佃煮にするから買ってちょうだい!!」

ニナは大声で商人に言った。

「まいったなぁ。可愛い奥さんにお願いされたら......」

商人は頭をかきながら、言った。

「これは売れるだろうし、もちろん今後も納品して欲しい」


「やったわ!」

ニナは椅子から立ち上がると、バンザイした。


----------------------------


「ディル、良かったわ......良かった、ほんとうに」


商人との取引が終わり、町中を馬車まで歩く。

ニナは俺の腕にぶらさがるようにして歩いていた。


「当初よりも、たくさん儲けが出た......全部ニナのおかげだ」

ニナに笑いかける。


「私ね......ディルの喜ぶ顔が見たかったの。それだけなの」

ニナは、そう言った。

「ニナ......」


ニナは突然、フラッと前のめりに倒れた。

反射的に、彼女の身体を支える。

つまずいたのかと思った。

だが......。


「ニナ!?」


ニナは気を失っていた。

彼女の頬に触れて、ギョッとする。


顔が真っ赤になっている。

頬は、少し触っても分かるくらい熱かった。


「すごい熱だ!......ニナ!?」


泉での山菜採りから、一晩中起きて料理していたニナ......。

もともと体力がないのに、無理をさせすぎたんだ。


「ニナ、大丈夫か!?」

ニナを抱き上げて、俺は大声で彼女に呼びかけた。




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