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【ニナ】お料理


鍋にできあがったサイラスの佃煮をスプーンですくう。

ひとくち食べてみた。


「ん......」

「奥さま......味は、どうだんべ?」

ティナが私の顔を見上げている。


サイラスの佃煮は、ハッカのような爽やかさがあった。

スッと鼻に抜けるような感覚とともに、やや苦みがある。


「これ......パンに塗ったら美味しいでしょうね。

ワインにも合いそうだわ」

私はモグモグと口を動かしながら、うなずいた。


「でも......なにかしら、ひと味足りない気がする......」

「そうですかい?」

ティナもスプーンでサイラスをすくうと、口に入れた。

「ワシにはわからないが......」


「そうだわ......これを少しだけ入れてみましょう」

マッカンという辛い香辛料のビンを、ティナにむかって振ってみせた。


「マッカンですか......サイラスの風味が消えませんかね?」

ティナは不安そうにしている。


「いえ。この辛味が、味のアクセントになると思うの」

私は新たなサイラスを刻むと、鍋に放り込んだ。


--------------------------


「ほんとだべ。香りがまず違う」


香辛料を足したサイラスの佃煮は、良い香りがした。

食欲をそそる香りだ。


一口食べてみて、私とティナはにやりと笑った。


「うめぇ!どんどん食べたくなる味だんべ」

ティナがまた一口、佃煮を口に放り込む。

「さすが奥さまは舌が肥えてなさる。貧乏人には思いつかねえ」

彼女は感心したように首をふる。


「80年近く屋敷にこもって、美味しいものを楽しみに生きてきたからね」

私はティナにウィンクした。


とにかく私は無我夢中で、サイラスの佃煮をたくさんつくった。

煮沸消毒し、高温でカラカラに乾燥させたビンに次々と佃煮を詰めていく。


「ティナ......体にさわるわ。あなたは寝て」

深夜、ティナに声を掛ける。

ティナは

「奥さま......すまねえ。明日、また手伝いますわ」

と言って、フラフラとキッチンを出ていった。

ティナは人間の老婆だ。

たぶん70歳を超えている。

体力が持たないわ。


そういう私も、さっきから目眩がひどかった。

でもやるしかない。

手早く料理しないと、サイラスはどんどん萎れてしまう。


------------------------------


キッチンに朝日が差し込む。


「キュッ」

最後のサイラスのびん詰めのフタを締めた。


できたわ。

キッチンの台にズラ~ッと並んだ、佃煮のびん詰めを見て、満足した。

ティナの話では香辛料を入れたことで、さらに日持ちするはずだって言ってた。

これで、食材が無駄にならずにすんだわ。


私はキッチンの丸椅子に座り込むと、そのまま台に突っ伏して眠り込んだ。


--------------------------


「......ニナ」

誰かが肩を揺すっている。

温かい手......低くて心地良い声。


私は目を覚ました。


「あっ......。ディル......」

ディルが心配そうな顔で私を見下ろしている。


「本当に一晩中、料理していたんだな。

驚いた。このビン詰めはすべて......」

「うん......。サイラスが萎れてしまう前に作らないとって思って」


「一つ、食べてみても良いかな」

「もちろんよ!!」


ディルはビンのフタをゆっくりと開けると、スプーンでひとさじ、すくって食べた。


彼の金髪が朝日に光っている。

サイラスを味わう彼の口元を見ていると思わず

......キスしたいわ.....ディルに思い切りキスしたい

そんなことを思って、顔が熱くなる。


「すごく美味いな!!」

ディルは目を見開いて、私のほうを見た。

「ピリッと辛味があって美味しい」

「マッカンを入れたの」


「今日、サイラスを売るはずだった商人に、売れなくなったと謝りに行くつもりだったんだけど」

ディルが、佃煮の瓶詰めを持ち上げて、見つめながら言った。


「これ......売り物になると思うんだ。

これを持っていって、売り込んでくる」


「ほんとに!?」

私は嬉しくなって、立ち上がった。


「私も街に行きたい!

私が作ったんだもの。お願い、私のことも街に連れて行って」


そう言って、ディルの腕にしがみついた。



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