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【ニナ】佃煮をつくる【ディル】距離を置こうかと


【ニナ】


なんてことを、してしまったんだろう。


「もう、勝手なことはしないで欲しい」

そう言ったディルの声は冷たかった。


間違ったことをしてしまった私が、悪い。

だからもっと、叱られたっていいくらいだけど。


涙がボロボロとこぼれ落ちた。

山菜を採っているときに、トゲで引っ掻いてできた腕の傷がズキズキと痛む。


ジョアンナは私の方をチラッと見ながら、何も言わず立ち去って行った。

彼女の横顔が、笑っているように見えたのは気のせい......よね......。


あぁ......。どうしよう。

足元に置かれたカゴいっぱいの山菜を見下ろす。


(......よく考えたら、一番気の毒なのは、この山菜たちだわ。

むしり取られ生命を奪われたのに、萎れて捨てられてしまうなんて)


このまま捨てるなんて、可哀想過ぎる。

涙を流しながら、山菜のいっぱいはいったカゴを抱きしめて食堂へと向かった。

どうせなら、料理して食べられるようにしようと思った。


食堂では背中が大きく曲がった老婆が夕飯の準備をしていた。


「おや、まぁ。奥さま。

そのカゴはどうしたんですえ?」

老婆は山菜の入ったカゴを見て、目を丸くする。


「私......私......失敗しちゃったの」

「何があったんだ?

言ってご覧なさい。

ワシは奥さまや旦那さまには、御恩を感じております。

貧乏で家族に捨てられたワシを雇ってくださったからのぅ。

ワシにできることなら、なんでもしますえ!」


老婆はティナという名前だった。

ティナは私の話を、「うん、うん」と聞いてくれた。


「どれどれ?

あぁ、これはサイラスの葉っぱですね。

佃煮にしたら美味しいんだべ。

ワシが小さい時分、よく街に売り出されてましたわ」


ティナは山菜を手に取ると、懐かしそうに目を細めた。


「そうなの?前は街に売られていたのね。

お兄ちゃんがこのお屋敷に、いたときかもしれないわね」

「きっと、そうですなぁ。

それにしても、こんだけの量、よく採りましたなぁ!」


ティナはそう言うと、私の頭を撫でてくれた。

「ティナ......」

褒められて、嬉しくなって涙がにじんだ。


「これ.....どうやって......その、佃煮にするの?」

「簡単だべ。炒めて味付けすれば良い。

煮沸消毒したビンに詰めれば、一ヶ月くらいは持つんだべ」

ティナはそう言うとニャッと笑った。


「ほんとに!?私、佃煮をつくりたい!

ティナ......やり方を教えてくださらない?」


「あいよ。

このビンの、煮沸消毒もしようかね」


サイラスの葉を、キッチンの大きなテーブルに広げる。

そこで、ディルの言葉が脳裏に浮かんだ。


「勝手なことはしないで欲しい」


そうだったわ。

「サイラスを佃煮にしていいかどうか」

ディルに確認しておいたほうがいいわね。



------------------------------------


【ディル】


商人との契約を取り付けて、かなり大きな利益が期待できそうだった。

だが、ニナが山菜をダメにしてしまった。


「はぁ......」

ため息を付きながら、ベッドにゴロンと仰向けに横になった。


ヴェッセルへ向かう馬車のなかで、ジョアンナが言っていた。


「ニナさまは、もしかしたらディルさまのことを兄のように思っているのかもしれませんね」

「兄......?」


「そうです。

だから、その......夜の営みに抵抗感があるのかも」


「そうなのか......な......」


いつもあんなに激しくキスをして、俺に「愛してる」と言ってくれるニナ。

でも俺に身体を許してくれないのは、そういう気持ちがあるからなのか。


......ジョアンナの言葉を真に受けてるわけじゃない。

でも、ニナの言動も理解できない。


とにかく、しばらくは、ニナとは距離を置こう。

俺は「商売」に専念し、ニナについて、ウジウジと悩むのは止めよう!

そう思った矢先だった。

山菜がダメになってしまったのだ。


でも......ニナは悪気があってやったわけじゃない。

「これじゃ売れない」

と言われて涙を流したニナの顔を思い出し、胸が痛んだ。

ニナ……可哀想だったよな。

あとで、きちんと話を聞いて......そして優しい言葉をもっとかけてあげないと。


「コンコン!」

ノックの音がした。


「どうぞ」

と言うと、ニナが扉を勢いよく開けて入ってきた。


「ディル......その......山菜のことなんだけど」

「あぁ.....もういいよ、気にするな」


「うん......あのまま捨てるのは勿体ないから。

だから、佃煮にしてもいいかしら?」


ニナは小さな声で、怯えたように俺に聞いた。

もう失敗したくなくって、俺に相談してるんだろう。


「うん、構わないよ?

どんな味になるのか、俺も食べてみたいし」

なるべく明るい声で答える。

「良かった......ありがとう」

ニナは、目を伏せて少し笑顔になった。

こんなに悲しそうに笑うニナを見たことがなかった。


「ニナ」

俺が言いかけると

「ディル!先にお食事して、そして眠っていて。

私はたぶん、一晩中、お料理することになると思うの」


「一晩中!?使用人に頼めばいいじゃないか」

「そうはいかないわ。責任を持ってやりたいの......」


ニナはそう言うと、俺の返事を待たずに部屋を出ていってしまった。



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