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【ニナ】間違いを犯す


「ここだわ......一人できたのは初めて」


屋敷の裏側の獣道を15分くらいとぼとぼと歩いた。

そして、泉についたのだ。


地面にぱっくりと開いたまぁるい穴。

その穴に美しい水がこんこんと湧き出ていた。


水は深い碧色で、透き通っている。

(魔法使いになる前、ディルの目の色は、こんな色だったわね)

ディルの碧い瞳を思い出した。


彼の優しい笑顔。

ベルナルドのお屋敷近くの森で......初めてキスしたときのこと。

そんなことを思い出して、思わず頬が熱くなった。


(いけない!仕事に集中しないと)


泉の縁には、ベルベットのような深緑色の苔が縁取っていて、周囲には小さなお花やハーブ、植物が鬱蒼と茂っていた。


(きれいな場所だわ)

私はうっとりとして、泉の水を手ですくった。

とても冷たい。


(早く山菜を採らないと......山菜って、どれなのかしら)

泉の周囲に生えている植物に目を走らせる。


(これは、たしかハーブだわ......だから違う。これは......?)

青々とした草に鼻をつけて匂いを嗅ぐと、とてもいい匂いがした。


「きっとこれだわ」


泉の周囲を取り囲むように茂っている草は、良い香りがした。

きっと茹でたら美味しい料理になる。


私は山菜をせっせと切り取って、次々とカゴに詰め込んだ。


「あっ!痛い......」

山菜取りに夢中になっていて、背後のお花のトゲに腕を引っ掛けた。

半袖だったので二の腕から肘まで、深く切り傷が出来てしまった。

血がポタポタと垂れる。


(ダメよ。これくらいの傷......気にしてたら仕事にならないわ)


流れ出る血に構わず、さらに山菜を取り続ける。

泉の周囲は取り尽くしたが、背中に背負えるカゴは、まだ半分くらいにしかなってない。


(このカゴを、満杯にしないときっと、ディルは喜ばない)


さらに泉の向こう側に回る。

「きゃっ」

突然、ガクッと足が下に沈んで私は叫び声を上げた。


泉の向こう側の一部が、崖になっていたのだ。

私は崖から足をすべらせた。

でもなんとか、フチをつかむことが出来たので、そのまま落下せずに済んだ。


(落ちたら、命はない......?)


崖のフチに掴まったまま、恐る恐る下をのぞき込んだ。

ところが、地面はすぐそこ......ほんの20センチほど下だった。

思わず笑いをこらえた。


「やだわ。落ちたって骨も折らない高さじゃない」


私は崖のフチを掴んでいた手を離し、20センチ下の地面に降り立った。


「まぁ!ここにも山菜がたくさんある!」

(きっとディルは驚くわ)

私は崖下の山菜も刈り取った。


ドレスは敗れてドロドロ。

崖から滑ったときに出来たのか、腕や足も細かい傷だらけになった。


それでも気にしなかった。

一心不乱に山菜を刈り取る。


ふぅ......。

この山菜を、泉まで運ぶにはどうしたらいいだろう。

キョロキョロとあたりを見回すと、泉のほうに戻るための、緩やかな坂道を発見する。


「ここから、泉のほうへ戻れるわ」

私は崖下で取れた山菜を両手にいっぱい抱え、その坂道を何往復もした。

すべてカゴに詰め込む。


カゴが満杯になった!

疲れ切って、カゴの脇に座り込む。


「働くって......こういうことなのね。

気持ちの良いものだわ」


うっそうと茂った木々の間から見える小さな青い空を見上げた。


これからは、薬草や山菜を刈る仕事をすることにしようかしら。

慣れればきっと、さっきみたいに崖から落ちるなんて言うヘマはしないわ。


私はカゴを「よいしょ」っと声を上げながら背負った。

そして屋敷へと来た道を戻っていく。


一人でも行動できた。

ディルの役に立つことが出来た。


嬉しくてスキップしたいような気分だった。


-----------------------------------


夕方ごろ、ディルとジョアンナが帰ってきた。

二人の帰りを屋敷の正門で待ち構えていたのだ。


もちろん汚れたドレスを着替え、きちんとした格好で、私はディルを迎えた。


「おかえりなさい!!」

嬉しくて、馬車から降りた彼のもとへと駆け寄る。


「ただいま」

ディルは、そういうと頷いた。


「泉の山菜は?売れることになった?」

屋敷に向かって歩きながら、私はディルに尋ねる。


「あぁ......良い取引先が見つかったんだ。

ジョアンナのおかげで、一番高値で買い取ってくれる良心的な商人を紹介してもらえて......」

ディルはジョアンナの方を振り返りながらそう言った。

ジョアンナはにっこりと笑って頷いている。


「よかったわ。それでね、ディル......山菜なんだけどね!」

「山菜がどうかしたのか?」

ディルが首をかしげる。


私は、屋敷の玄関の隅に、山菜を山盛りにしたカゴを置いていた。

ディルをそこに連れて行って、

「じゃーん!!見て」

と言ってカゴいっぱいの山菜を見せた。


ディルは目を見開いて、黙り込んだ。

「これ......どうしたんだ......」


彼はしゃがみこむと、カゴから山菜を取り出して調べている。

そしてジョアンナを見上げた。


「私が、採ってきたのよ!今日一日でこんなに!」


ディルの笑顔が見たくて、私は彼の顔をじっと見た。

ところが、彼は目を見開いたまま、ちっとも笑顔を見せてくれない。


「......ディル......?」

私は不安になった。


「まずいな......」

ディルは口に手を当てて、ジョアンナの方に目配せする。

ジョアンナも

「そうですね......これじゃ、売れない」

と言っている。


「えっ......。売れないって、どういうこと......」


震える声でディルに聞く。


「根っこから抜いてないだろう。これじゃ、一晩でしおれてしまう。

売り物にならない」

ディルは一束つかんでいた山菜をぽいっとカゴに戻し入れた。


「えっ......そうなの......」

「今から急いで街に売りに行っても、これじゃ、店先に並べて売れる前に萎れてしまう。

売り物にならない......」

「どうしましょう。

商人に卸せないとなると契約違反で違約金を取られますよ」

ジョアンナが言う。


「泉の側にまだ生えてるかもしれないが......

これだけの量は次の季節まで、もう手に入らないだろう」


私は、目の前が真っ暗になった。


根っこから抜かなきゃいけないなんて......。

そうしなきゃいけなかったなんて。


あぁ、どうしよう。

私はやっぱり役立たずのバカなんだわ。


私はディルの邪魔をしてしまった。


「ご、ごめんなさい......ディル......ごめんなさい」

私は震える声で謝った。

でも謝って済む問題じゃないだろう......。

ディルとジョアンナが苦労して、売り先を決めてきたのに......。


「良いんだ」

ディルは立ち上がると、私の肩にそっと手をおいた。


ディルの優しい言葉にかえって、涙が溢れ出る。


「でももう、勝手なことはしないで欲しい」

ディルはそう言うと、私に背を向けた。


「ご、ごめんなさい......」

私は謝ることしか出来なかった。



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