【ディル】ショックを受ける
ポチャン、ポチャンと雫が落ちる音が浴室に響いた。
俺は風呂に入っていた。
「ふー」
浴槽の縁によりかかり、ため息をつきながら目を閉じる。
ヴェッセルでの商売が軌道に乗り始めた。
闇の森で採れる薬草は、街で飛ぶように売れている。
欲を言えば商人に卸さずに、自ら街で直接販売できれば利益がもっと採れるだろう。
直接販売すれば、商人のピンハネが無くなるからな。
だが、そもそも売るための人手が無いし、そこまでして儲けを出しても仕方ない気もする。
屋敷の蔵にある、金銀財宝が脳裏に浮かんだ。
いくら俺とニナの寿命があと150年くらいあると仮定しても......あの金銀財宝を使い切ることは出来ない。
だから、「金を稼ぐ」必要は、正直言って全くなかった。
でも俺は貧乏人の出身だから、毎日遊んで暮らすことなんて出来ない。
なにかしら、労働をしていないと気が済まない性分だ。
使用人が用意してくれた温かい湯。
ピカピカの大きな浴槽。
石鹸のいい香り。
ついこないだまで、俺は泥の中を這いずり回って、腹をすかせていたのにな。
こんな人生を歩むことになるとは。
(幸せだな......
かわいい奥さんもいるし......でも......)
昨夜のニナの様子を思い浮かべる。
(ニナは変なこと言ってたな。
裸はダメだとか......しきたりだとか)
まさか魔法使いには、「しきたり」があるのか?
夫婦が交わっては、いけないという「しきたり」が......?
そんな馬鹿な......と首を横に振る。
もしもそんな「しきたり」があったら、子どもが生まれなくなって魔法使いの一族は途絶えてしまう。
ニナは怖がっているだけだろう。
頬を赤く染め、慌てて肌を隠すニナの姿が目に浮かんだ。
(可愛かったな。
いつもおあずけ食らって正直、キツイけど。
でも、なんとも言えず可愛いんだよな。
そのうち、きっと俺に身体を許してくれる日がくるはず)
ニナに拒絶されることで欲求はたまっていたけど、別にイラ立ってはいなかった。
むしろ可愛いと思えたし、ニナの気持ちが変わるのを気長に待つつもりでいた。
「カタン......」
物音がした。
「誰だ!?」
俺は浴槽から立ち上がると、バスローブに手を伸ばす。
「あっ!すみません。ノックしてもお返事がなかったもので」
ついたての向こう側からジョアンナの声が聞こえてきた。
「ジョアンナ......?どうかしたのか?」
俺は浴槽に座りなおし、肩まで湯に浸かった。
「ディルさまにお話があって......このままお話してもよろしいでしょうか」
ついたての向こうに、ジョアンナの影がうっすら映っている。
「いいぞ」
「ニナさまのことです。
その......言いにくいことなのですが......」
「ニナのことなら、なんでも言って欲しい」
「ニナさまがおっしゃっていたのです。
......そのディルさまとの夜の営みについてなんですけど........
あぁっ、やはり言いにくいです」
......そのことか、と思った。
ジョアンナと女同士、会話していくことで何か学んでくれればいいと思っていたけど。
「言ってくれ。
ニナが、そのことで悩んでいるのはなんとなく分かっているんだ」
「ニナさまは、ディルさまと触れ合うのが......その......。
怒らないで聞いてくださいますか?」
「怒るわけがない」
「触れ合うのが、苦痛なようです」
「苦痛......?」
ジョアンナの言葉に、ショックを受けた。
ニナが嫌がるのは、単純に怖いからだと思っていた。
そうじゃなくて......苦痛だとは。
ニナは俺のことがやっぱり嫌になっているのか。
キスをしているとそんなことないって、思えるんだけど。
「はい。とても苦痛で。
夜がくるのが気が重いと......」
「そんなことを言っていたのか」
バシャバシャと浴槽の湯で、顔を洗った。
ショックでめまいがした。
「その......ニナさまには、絶対にディルさまに言わないでほしいと口止めされています。
どうか、私が言ったこと、ニナさまにはご内密にしてください」
「......わ、分かった。
よく話してくれた......」
「ディルさま......お背中に汚れがついています」
「......えっ!?」
ジョアンナが、ついたてから出てきて浴槽のすぐ後ろに立っていた。
彼女の話に動揺してしまい、全く気が付かなかった。
ジョアンナが俺の背中をこすった。
「ディルさまはもともと兵士だったとか......お背中も傷だらけなのですね」
「ジョアンナ......出ていってくれないか。
俺は裸だし。身体に触れないで欲しい」
「あっ......すみません......汚れていたものでつい......」
ジョアンナは慌てて、俺の背中から手を離すと一歩後退した。
「こんなに素敵な旦那さまなのに、どうして夜の営みが嫌なのでしょうね......」
ジョアンナはそんなことをつぶやきながら、浴室から出ていった。
俺はショックで、頭が混乱していた。
 




