【ジョアンナ】嘘を並べ立てる
私は目の前でニコニコと笑っている女をじっと見つめ返した。
私の生い立ちが知りたいですって。
一体何のために。
「庶民の家庭というのを知りたいのよ」
この女は笑いながら、そんなことを言った。
.....そっか。
優越感に浸りたいんでしょうね。
自分より貧しくて不幸な女の生活を知って、
「私は恵まれてるわ~」っていう気分を味わいたいのに違いないわ。
馬鹿にするにもほどがある。
この女を満足させてなるものか。
あたしは、得意の嘘をついて、女の望みを打ち砕くことにした。
自分は金持ちの貴族の出身で何不自由なく、可愛がられて育ったのだと嘘をついた。
「そうなのね。
どんなお屋敷で育ったの?」
「このお屋敷ほどじゃ、ありませんけど......。
客室も含めて部屋は20部屋ほどありましたかしら」
あたしは適当な嘘をついた。
実際、あたしは貧乏な商人の家の4人兄弟の末っ子。
部屋は3つしか無かった。
勉強だけは得意だったけど、最低限の学問しか学ばせてもらえなかった。
本当は、貴族の子女の家庭教師を務めるには、私の学んだ学問では足りなかった。
でも、そこは嘘とハッタリで乗り切った。
知ったかぶりをして、堂々とした態度でいれば、大体のことは乗り切れるものよ。
小さい頃から、金持ちの家に憧れていた。
自分もいつかは、そうなりたいって。
でも生まれついた「血筋」はどこまでもつきまとっている。
けっして成り上がることなんて、出来ない。
貴族と平民の間には乗り越えられない壁がある......世間に出てそれが分かってきた。
家庭教師のままでは、ちっとも金なんか貯まりゃしない。
宝石を盗んで、それを元手になにか商売を始めようと思ったのだった。
......でも盗みがバレてしまった。
あたしの人生はそこから狂った。
ところが再び、チャンスが巡ってきている。
この屋敷の「奥さま」になるチャンスだ。
「ジョアンナには、いいなづけ......はいないの?
好きな人は?」
ニナは、もぞもぞと恥ずかしそうにソファで、みじろぎした。
この女......あたしから、貧乏人の苦労話が引き出せなかったから、
今度は、恋愛話で優越感に浸ろうとしているのね。
自分には、男前の旦那がいるからって。
......でもその旦那も、あたしが奪ってやるわ。
ニナの喜ぶような話をしてやるつもりはない。
「えぇ、恋人はおりましたとも。
故郷に私のことを好きだという男が5人くらいは、いました」
「ええ?そんなに?」
ニナは目を丸くして喜んでいる。
いけない。
単なる尻軽女のアバズレだと思われるかもしれない。
ストーリーの軌道修正をしないと。
「でも、その5人の中の一人......マークとだけ、私はお付き合いしましたの。
大勢の男に言い寄られて、一人に決めないと、皆が納得しませんでしたからね」
うん、うん
とニナがうなずいている。
この女、こんなホラ話を本気で信じているんだろうか。
「それで、マークとはどうなったの!?」
「えーっと、それは」
続きを考えていなくて、ちょっと焦った。
「マークは、森で狩りをしていたときに崖から落ちて亡くなったのです!」
私は適当な嘘でこの話を締めくくろうとした。
「そんな!!!!」
ニナが、ソファから立ち上がった。
「そんなことって」
「ニナ、落ち着いてください。
もう数年前のことで、私はすっかり立ち直っております」
「でも......。あんまりだわ」
ニナは目に涙を浮かべ、泣き出した。
バッカじゃないの、と思った。
「ディルが......もしもそんなことになったら.......
あたしは生きていけない......」
ニナは泣きながらそんなことを呟いている。
「ニナは、ディルさまのこと、愛してるんですねえ。
お二人はどのように出会ったのですか」
さぁ、そろそろ、あんたの情報を出してもらわないと。
あたしはニナとディル様の出会いを根掘り葉掘り聞くことにした。




