【ジョアンナ】嫉妬でイライラとしてしまう
闇の森。
そして火の魔法使いが住むという屋敷......。
どんなに恐ろしい場所かと思ったら、拍子抜けしたわ。
森は珍しい草花がそこここに咲き乱れ、きれいな水がこんこんと湧き出る泉がある。
屋敷も素敵だわ。
庭園の中央には大きな池があって、噴水が流れその周りを美しい花々が縁取っている。
大きな玄関ホールに優美な曲線を描く階段。
いくつもあるお部屋。
貴族の家で家庭教師をしたことがあるけれど、これほど美しいお屋敷で働くのは初めて。
奥さまは、白い肌にツヤツヤの黒髪。
......男なら誰でも好きになりそうな可愛いらしい感じの女だった。
この人がディルさまの妻.......。
可愛いらしいけど、なんていうか......セクシーさが無いんじゃない?
あたしは、女のことをジロジロと眺めた。
なんの苦労も知らずに、生まれたときから金持ちで育ってきた女なんでしょうね。
しかも彼女も火の魔法使いらしい。
羨ましさと妬ましさで、イライラとしてしまう。
なんとか彼女の前で笑顔をつくっていたが、どうしても顔がひきつる。
この女を追い出して、あたしがディルさまの「奥さま」になる方法は無いものかしら......。
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あたしは、もともと貴族の家で家庭教師をして暮らしていた。
そこで、間違いを犯した。
部屋で宝石を盗んだのだ。
それがバレてしまい、その家を追い出された。
貴族の奥さまは、あたしが盗みを働いた女だというウワサを、街中に広めた。
(なによ、金持ちのくせに。
ウワサを広めるなんて底意地が悪いわ......
あのクソババァ)
盗み癖のある女として、どの家庭も、あたしのことを家庭教師として雇ってくれなくなった。
(実家へ帰ろうにも、貧乏な家だ。
あたしの居場所なんかない。
いよいよ、貯金が尽きる。
売春婦として働くしかないわ)
絶望的な気分になっていた。
あたしはもう2日もなにも食べていなくて......腹をすかせていた。
屋台で、店主が見ていない間にハムをくすねた。
「今その女が、ハムを盗んだぞ!!」
大声で叫ばれる。
客の一人が、あたしの盗みを見ていたようだ。
「なによ!盗んでなんかないわ」
「盗んでた!!ほらポケットの中を見せろ」
あたしは、屋台の前に引き倒されて、店の主人に背中を踏みつけられる。
「見逃して......お願い、お腹が空いていたの」
そのときだった。
「なにをしてるんだ」
あたしはホコリまみれの地面に身体を押し付けられたまま、声の方へ首を向けた。
そこには、太陽の光に反射してきらきらと光る金髪の男性が見えた。
「ハムを盗んだのか......盗みは良くないな」
男性は静かな声でそう言うと、首を横に振った。
「見逃してください。もうしません」
あたしは必死で謝った。
「こう言ってるし、見逃してやってくれないか。
代金なら俺が払う」
店主が言った。
「闇の森の主さまがそうおっしゃるのなら......。
しかしこの女は、貴族の家で宝石を盗んだとして有名な女です。
手癖が悪いのは知れ渡っている。
二度目は無いことは、覚えておいてください」
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「ありがとうございます......なんとお礼を言って良いのか」
闇の森の主とあたしは、近くにあったバーに入った。
「俺はディルだ。闇の森の主......火の魔法使いだ」
「存じております。闇の森で採れる薬草や資源をこの街に卸しているとか」
「そうだ」
あたしはディルさまの横顔をうっとりと眺めた。
きれいな金髪に、赤い瞳。
ディルさまは、凛々しくて格好が良かった。
しかも金持ちで、魔法使い......こんな権力者と会話ができるなんて思いもしなかった。
「盗みなんてもう二度としてはいけない」
ディルさまは、きっぱりとあたしの目を見てそう言った。
「誤解なんです。
貴族の家で宝石を盗んだというのは、真っ赤な嘘なんです。
濡れ衣なんです。
たったいま、ハムを盗んだのは間違いのない事実ですが、空腹のあまり勝手に手が動いて......」
あたしは嘘をついた。
幼いころから、嘘を付くのは得意だった。
「そうなのか」
ディルさまは、目を丸くした。
「そうです。貴族の奥さまに宝石を盗んだと言われ、屋敷から放り出された。
でも、それは濡れ衣なんです。私は盗みなんかしていない。
しかも街中で、盗人だとあらぬウワサを立てられて、誰も私を雇ってくれません。
もう売春婦として生きていくしか道はない......」
ディルさまの顔をそっと盗み見た。
眉をしかめて、暗い表情をしている。
(あとひと押しだわ。
この男は、あたしを養ってくれる)
「そんな......それはひどいな。
俺も貧しい農村の出身だから......食うに困る生活の恐ろしさは身にしみてる......」
「ディルさまが!?」
驚いた。
火の魔法使いがどうして、農村の出身なのか......。
でも細かいことはどうでもいい。
ディルさまは、あたしの話を信じ、同情し始めたのだった。




