【ニナ】新しいお友だち
「ディル!!
アリッサが出産したそうよ。
男の子ですって」
お兄ちゃんからの手紙を握りしめて、ディルの執務室の扉を開いた。
ディルは執務室の奥にある彼の机についていた。
机の前には女性が一人立っている。
「お客さんだったのね。ごめんなさい、ノックもせずに」
私は慌てて謝った。
「いいんだ。そうか!男の子か!お祝いを贈らないとな」
ディルはにっこり笑いながら言った。
彼の机の前に立っていた女性が、私の方に振り返った。
腰まである赤毛の髪、白い肌にそばかすの散った顔、あたしと同い年くらいに見える女性だった。
「丁度よかった。
ニナに彼女を紹介したかったんだ」
「紹介?」
女性は私に向かって微笑むと、腰をかがめてきれいなお辞儀した。
「奥さま。私はジョアンナ・ロイターといいます」
「は、はじめまして。
私......ディルの妻のニナよ」
「......彼女は、ニナのために雇った家庭教師みたいなもんだ」
「えっ?私の家庭教師?」
驚いた。
私はこうみえても火の魔法をあやつる魔女で、もう80年近く生きている。
文字の読み書きはできるし、天体や地理、科学についてもすでに学び終えているのに。
「ディル......私にはもう学ぶことなんか、無いわ」
「うーん......だったら、彼女のことは友だちと思ってくれていい。
気軽に二人でおしゃべりするんだ」
「お、おしゃべり?」
赤毛の女性とふたたび目が合った。
彼女はにっこりと微笑むと首をかしげる。
「分かったわ。よろしくね、ジョアンナ......」
学ぶこともないのに、どうして......家庭教師なんか.......。
ワケが分からなかったけど、私はディルの言うことに従うことにした。
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さっそく、応接室にジョアンナと二人きりになる。
ジョアンナは、ソファに座るなり、話しだした。
「ここは素敵なお屋敷ですね。
闇の森も、私の想像とまったく違っていました」
「どんな森だと思っていたの?」
私はジョアンナに尋ねた。
ジョアンナは侍女が入れた紅茶をひと口飲むと、答えた。
「闇の森は魔物のはびこる恐ろしい森だと。
入ると命はないと両親から聞かされて育ったんです。
この辺の村や街の人間はみんなそう聞かされて育っています」
私はジョアンナの言葉にうなずいた。
「そうなのよ。
この屋敷は侍女や使用人が働きに来てくれないの。
みんな怖がってるみたいで。
行くあてがない年寄りや貧しくて飢えたような人たちは働きに来てくれたけど。
あなたのような若い女性は、普通、うちの屋敷で働こうとは思わないみたい」
私は、小皿に盛られたクッキーを一口かじった。
「旦那さまに......ディルさまに街で声をかけられたのです。
奥さまの話し相手になってほしいとおっしゃられて」
「そうなの?」
ディルが私の話し相手を探していたなんて。
胸がざわざわした。
ディルは私のことが......うっとうしいのかしら。
たしかに私はディルに夢中で、四六時中ベタベタと彼につきまとっている。
でも彼のこと、愛してるんですもの。
結婚したのだから、つきまとっても良いはずじゃない。
「奥さま......」
ジョアンナが心配そうな顔をしている。
「奥さまじゃなくって、ニナでいいわよ」
「ニナ。
私のことでお気に召さないことがございますか。
なんだか、お顔が優れないようですけど」
ジョアンナは人の表情をよく見ているんだわ。
「ううん。なんでもないのよ」
私は慌てて誤魔化した。
ジョアンナのすましたような、冷静な顔を見返す。
彼女の茶色い目は、私の内面を見通しているようで、なんだか落ち着かなかった。
(私は大抵の人とすぐに仲良くなれるのに......どうしてだろう。
ジョアンナとは仲良くなれそうにない......そんな気がする)




