【アリッサ】レンが王都へ
「リック......お日さまの光を浴びましょう」
「あぶー」
あたしはリックをゆりかごから抱き上げると、バルコニーに出た。
ときどきこうしてお日さまの光を浴びさせると、体が強い子どもになると本で読んだのだ。
赤ちゃんの名前は「リチャード」にした。
あたしは、いつもリックと呼んでいる。
......名前は結局、あたしが一人で決めたのだった。
勇敢な子に育って欲しい......そんな願いも込めた。
「リチャードか。いい名前だ」
レンもそう言って、賛成してくれた。
でもたぶん、ウィリアムでもレオナルドでも
「いい名前だ」
って言ったと思う。
......要するにレンは、赤ちゃんの名前に無関心。
でも彼を責めることはできない......絶対に。
彼は何も悪くない。
だってリックは彼の子どもじゃないのだから......だから無関心でも仕方がないわ。
リックが、あたしの顔を見上げてニコーッと笑った。
そして小さな手で、あたしの髪の毛の束を握りしめる。
あたしの胸は幸せでいっぱいになる。
リックの目は大蛇フィリップと同じ、銀色だった。
(......あたしの目の色ともレンの目の色とも違う)
それに少しずつ生えてきた髪の色も銀色......これもフィリップにそっくりだった。
リックがフィリップに瓜二つに育ってしまったとしても......あたしはこの子を愛せる?
多くの人を捕らえ北の塔に閉じ込め、そして薬漬けにしたフィリップ。
彼は、あたしのことを無理やり......。
思い出してしまい、ゾッとして身を震わせた。
リックはフィリップにそっくりに育つ可能性が高い。
でもあたしはこの子を、憎んだり見捨てることは絶対にしないだろう。
子どもにはなんの罪もない。
それに、この子を愛することを止めるなんて......もうできるはずがなかった。
「世界中が敵になったとしてもママだけは、あなたのこと守ってあげるからね」
そうつぶやいて、赤ちゃんのおでこにキスをした。
リックは嬉しそうに目を細めた。
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日が暮れて夜になった。
コンコン!と言うノックの音。
「奥さま......」
「マーヤね。どうぞはいって」
乳母が部屋に入ってくる。
乳母のマーヤは、リックをあたしから受け取ると、優しく揺らしてあやした。
「育てやすい子ですね」
マーヤはリックをじっと見つめながら言った。
「今夜は、リックといっしょに寝るわ」
あたしは、リックと離れるのが嫌で、マーヤに言った。
「ですが、夜はお預かりする約束です。
旦那さまもいらっしゃいますし」
マーヤはそう言うと、リックを連れて行ってしまった。
しきたりで、子どもとは夜は別々で寝ないといけない。
あたしはレンと二人きりで眠るのだ。
そろそろ寝ないと。
レンはまだかしら。
あたしとレンは、毎晩同じベッドで寝ていた。
でも彼はあたしを一度も抱いていない。
「アリッサ、まだ無理はいけない。体が弱っている」
いつもそう言って、キスだけしてくれる。
レンはあたしの身体を心配してくれていた。
レンは日中、いつも忙しくしていた。
カノンの街での暴動が起きれば兵士を連れて見回りに行き、また交易の際の関税の取り決め......。
月に一度の宗教行事への参加や、毎日のように来る諸侯からの不満、申立てを手早くさばいていた。
町の住民や、貴族たちからの評判はすごくいい。
新しい領主様は「賢く平等だ」と民衆が口をそろえて言っているのだと侍女が教えてくれた。
「アリッサ......まだ寝てなかったのか」
レンが部屋に戻ってきた。
「レン、いまリックを預けたところなの。
今日も疲れたでしょう」
あたしはレンに抱きつくとそっとキスをした。
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「実は王宮から呼び出しがあった。
行かなければならない......」
レンが深刻そうな顔であたしに言った。
「王宮!?どうしてまた」
あたしはビックリして大きな声を出してしまった。
「使いの者の話によると、新しい領主になった俺と直接話したいと......王女がそう言ってるらしい」
「えっ......王女様が?大丈夫かしら」
嫌な予感がした。
この国の支配者、スザンナ王女は常軌を逸する残虐な面があり、突然家来を切り捨てることもあると聞いていた。
「大丈夫だ。俺は王女の亡くなった夫であるルーベンとは仲が良かった。
スザンナは夫を亡くしてから少しおかしくなってしまったが......俺は彼女のこともよく知ってる」
「そう......でも心配だわ......」
不安が胸を渦巻く。
遠い王都で......もしもレンに何かあったらどうしよう。
「王都の様子も探ってこられる。一石二鳥だ。
ただ、王都は遠いから、1ヶ月くらいは留守することになるだろう......」
レンの目が不安そうに揺らぐ。
「産婆によれば、アリッサの体調は戻ってきてる。
高熱は出ないし、危機は脱したって聞いてるけど。
留守にしても大丈夫かな」
「身体はすっかり治ったわ。もうどこも痛くないもの」
あたしは産後に3週間ほど寝込んでいたけど、今はすっかり良くなった。
授乳しているとお腹が空いてたまらない。
それでよく食べてしまい、妊娠前よりも少し太ったくらいだった。
「いつ出発するの?」
「明日の朝、早くに出る」
「明日!?そんな......急なのね」
あたしは、レンの目をじっと見つめた。
(このまま......レンと離れ離れになるなんて嫌。
王都までの道のりでなにかあるかもしれない。
それに王都についてからだって、安全とは言えない)
あたしは、ぶつかるようにして勢いよくレンに抱きついた。
レンはがっしりとした肩と腕であたしを抱きとめる。
「レン......あたし」
「アリッサ」
レンの困ったような顔を見上げた。
「このまま......あなたと離れたくない」




