【レン】無力な人間
「ここが兵士の宿舎!?」
隊長のシュウに、ベルナルド家の敷地内にもうけられた掘っ立て小屋に案内された。
「そうだ。
この部屋で、お前は他の兵士たちと共に寝起きするんだ」
足を踏み入れて絶句した。
そこはまるで家畜小屋のようで、とても人間が寝起きする場所に思えなかった。
室内は薄暗く、男の汗のにおいが充満していた。
床は、ミシミシと音を立てところどころ、抜け落ちている。
寝床といってもベッドなどは無く、藁がところどころ敷きつめられているだけ。
「シュウ。お前はどこで寝てるんだ」
「何度言ったら分かる?
丁寧な言葉づかいをしろ。
俺のことは隊長と呼ぶんだ」
シュウが不機嫌そうに言う。
「......分かったって。
隊長殿はどこで寝起きしてるんだ」
「俺は、屋敷内に個室をもらっている。
隊長だからな」
シュウは自慢げにそう言った。
「ずいぶんな不公平だな」
「なんとでも言え。
それじゃ、俺は 快適な自分の個室でぐっすり眠るとする。
早朝から訓練がある。忘れるな」
隊長殿は、そう言うとニヤニヤ笑いながら立ち去った。
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「あぁ~、疲れた」
「今日は、火の魔法使いが突然現れて、ヤバかったな。
俺、焼け死ぬのだけは勘弁だわ」
そんなことを話しながら若い兵士たちが小屋にどやどやと入ってきた。
「火の魔法使いって、100歳は過ぎてんだろ。
俺らと同じような姿なのになぁ」
「そうだ、俺は105歳だ」
「......えっ?」
兵士の一人が俺の顔を見てギョッとする。
「ゲッ!!うそだろ」
「なんだ、どうした!?」
「ひ、ひぃっ」
腰を抜かすヤツ。
こぶしをにぎりしめ戦う構えをするヤツ。
「やめろ。戦う気はない。
俺は今日からお前らの仲間だ」
「はぁっ?」
「なんでお前が仲間なんだ?」
「そういえば隊長が言ってたぞ。
今日から新入りが一人はいるって......まさかこいつが!?」
「どうして、火の魔法使いが、俺たちの仲間に!?」
男たちは口々に叫ぶ。
「仲間だなんて認めない」
一人がそう叫ぶと、みんなが、「そうだ」「そうだ」といい始めた。
「認めなくて結構。
とにかく俺はこの屋敷の兵士になったんだ」
「くそ!やっちまえ」
男の一人が俺にとびかかってきた。
身をかわして避けると、男は土壁に頭をぶつける。
しかし次の瞬間、四方八方から、男たちがとびかかってきた。
数にして15人くらい。
多勢に無勢だった。
手足を押さえつけられ床に引き倒される。
「へっ。こいつ火の杖を持ってないし、両手を抑えれば、きっと魔法も使えないぜ」
「で......でも呪文を唱えるんじゃねえか」
「だったら、口をふさげ!」
口の中に布を押し込まれる。
思い切り、何度も殴られ蹴とばされた。
人間になるとはこういうこと。
無力で、か弱い存在。
この5年の間、それは思い知ってきたはずだけど。
「もうその辺にしとけ」
後ろのほうから低い声が聴こえてきた。
声のほうに視線を向けると、金髪碧眼の男が冷めた目でこちらを見ていた。
「ディル。だけど、こいつムカつくんだよ」
俺に馬乗りになって殴り続けている男が、ディルと呼ばれた男に向かって叫ぶ。
「死んだらどうすんだ。
領主さまも隊長もお考えがあって、火の魔法使いを兵士にしたんだろう。
それを殺しちまったりしたら、お前、大目玉を食らうぞ」
「......チッ」
男は舌打ちをしながら俺の上から降りた。
手足を押さえつけている男どもも、俺から散り散りに離れた。
俺は、ペッ......と血の混じった唾を吐いた。
「お前らの顔、全員覚えたからな」
小屋を見回して、やつらに怒鳴った。
どうやら、俺は嫌われているらしい。
だが好かれる必要はない。
こんなヤツらにどう思われようと、正直どうでもよかった。




