【ディル】世間を知らない
【ディル】
「えぇ、だって結婚したのだもの。子どもができるはずよ」
ニナは、大きな目をキョトンとさせて、俺を見上げている。
「ニナ、よく聞くんだ。
今のままでは子どもはできるはずもない」
「えっ!?どうしてよ」
「うーん......」
ニナは俺の首に、両腕を絡ませて抱きつくと、上目づかいに見上げた。
「どうすれば、子どもができるのか、私に教えて」
真っ黒な瞳をキラキラさせて、可愛い顔で俺を見上げる。
「......っ。ニナ」
魔法の訓練の相手をしていたゴブリンが、ニヤニヤと笑いながら俺たちの様子を見ている。
それに使用人として雇った老婆も笑いをこらえているのがみえる。
「お前たち......ここはもういいから、持ち場にもどれ」
俺は、使用人たちを追い払った。
何も知らないニナがバカにされるような目で見られるのは、腹がたった。
「ねえ、教えて。ディル」
「.......」
まいったな。
教えるって言われても。
ニナは、恐ろしいほど何も知らない。
彼女が純真無垢な子どものような存在であることが、結婚してから徐々に分かってきた。
もしかしたら......こんなこと考えてはいけないのかもしれないが......少し知能が遅れているのかと思えるほどだった。
いや。
考え方はシッカリしてるし、理解も早い。
単純に「ものを知らなすぎる」のだと思う。
ニナの父親のトマス・ウォーカーを俺は恨んだ。
彼は、娘を愛し心配するあまりに、長年、屋敷に閉じ込めていた。
だが本当に娘を愛しているなら、もう少し彼女に世間のことを教えておくべきだったのだ。
この闇の森の屋敷に到着したその夜から、今日までのことを俺は思い返していた。
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闇の森の屋敷は、留守を守っていたゴブリンや妖精たちの力で、きれいに整えられていた。
聞けば、いにしえの時代から代々、火の魔法使いが守り続けていた屋敷と森だということだった。
黒い屋根と灰色の壁で統一されたシックな建物には、ところどころ真紅の炎のオブジェが飾られている。
ベルナルド家の半分にも満たない敷地面積だが、立派なお屋敷だ。
貧乏で泥の中を這いずり回っていた俺が、こんな屋敷の主になるなんて......信じられない。
「ここは叔父さんが所有していた屋敷なの。
わけあって、お兄ちゃんが受け継いだのよ」
ニナはそういうとクスッと笑った。
「わけあって......ってなにがあったんだ?」
俺が聞くとニナは
「うーん......。なんだったかしら。よく覚えてないわ」
と首を傾げた。
「とにかく、俺はこの屋敷と森を守っていけばいいんだな」
敵が侵入しやすい場所や、危険な場所がないかどうか......俺は、屋敷の敷地をじっくりと見て歩いた。
歩き回っていると、敷地の北側に屋敷とは別に小さな蔵があるのを発見した。
「この蔵は、なんだ?武器が入っているのかな」
鍵を開き、重い扉を開ける。
目に飛び込んできたのは、樽にあふれるほど詰められた金貨、それに木箱に入れられた宝石類だった。
「なんだこれ!」
俺は即座に、金銀がきらめく蔵の扉をそっとしめた。
(こんな大金......ヤバすぎる。人生が狂うだろ。
見なかったことにしよう......)
その夜......。
風呂に入ったあと、ニナと部屋に二人きりになった。
ニナは、ニコニコして上機嫌だった。
「ニナ......」
俺はバルコニーで月を眺めている彼女を後ろから抱きしめた。
「寂しくなってないか?
アスラルの自分の屋敷が......父親が恋しくなってない?」
俺はニナの黒髪をそっとなでた。
「すこし......。
ほんとは少し、寂しいわ。
でも」
ニナは俺の顔を見上げると言った。
「ディルと離れたほうが、私はもっと寂しくなると思うの」
「ニナ......」
彼女の首筋にキスをする。
ニナは、身体が透けて見えるような薄い夜着を身につけている。
正直、興奮した。
俺はニナを抱き上げた。
ニナは
「きゃっ」
と小さく叫ぶと、俺の首にだきついて「フフ」と笑った。
ニナをベッドにそっと下ろす。
俺は彼女に覆いかぶさると、ゆっくりとキスを始めた。
「......んっ、ふっ.......」
ニナは小さく喘いでいた。
可愛かった。
でもしばらくすると
「さぁ、もう寝ないと」
と言って俺の頬を優しく撫でて
「おやすみなさい」
と言って俺に抱きついたまま、寝てしまったのだった。
(えっ......)
と思った。
彼女のあどけない寝顔をみる。
ニナは疲れているんだろうと思った。
馬車で長時間揺られて、闇の森に到着したその夜だったし。
だが、翌日の夜も......。
ベッドの上で激しくキスをしたのだが、
「うふふ、キスはもう終わりよ。
そろそろ寝ないと」
と言うと、ニナは寝てしまった。
ニナは妙に寝付きが早くて、「寝る」と宣言すると即座に眠りに入る。
(あれっ......キスだけ......?)
って思った。
でもニナには、まだ準備ができていないのかも。
そう思っていたのだった。




