【レン】【ニナ】赤ん坊
【レン】
出産は無事に終わった。
だが、アリッサは衰弱しきっていて、まだまだ予断を許さない状況。
彼女は体中が痛むようで、歩くこともままならなかった。
アリッサが弱っているので、赤ん坊の世話は乳母がしてくれていた。
俺はアリッサにつきっきりだった。
彼女のことが心配で仕方なかった。
一日でも早く、彼女に元気になって欲しい。
新兵の訓練も、兵士の統率も、宗教行事も......すべて放棄してアリッサの側にいた。
幸いパトリックは理解してくれて俺がすべき執務を、彼が取り仕切ってくれていた。
「レン......。あの子の背中には......蛇のウロコがあったわ」
アリッサがベッドに横になったまま、俺を見上げてそう言った。
その顔は不安そうだった。
「分かってる。あの子の背中は俺も見た」
「あの子は......やっぱり普通の人間じゃない......そうよね」
アリッサが悲しそうに言う。
「大丈夫だよ、アリッサ。
人間として育てればいい」
「......そうね......」
アリッサは俺の言葉にこくりとうなずいた。
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子どもの出産から数日後......ニナから手紙が届いた。
執務室のデスクの角に尻を乗せ、ガサガサと音を立てて手紙を開いた。
手紙から、フワッと何かが香った。
......これは闇の森の匂いだ......!
俺は、思わず手紙に鼻をつけて匂いを嗅いでしまった。
手紙にはニナの几帳面な字が並んでいた。
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お兄様......いいえ、いつも通りお兄ちゃんって呼ばせてね。
ディルと二人、闇の森のお兄ちゃんのお屋敷に到着しました。
屋敷を守っていたゴブリンや妖精は慌てていましたが、合言葉と火の魔法をみせることで、新しい主人であることを証明できています。
森も屋敷も、しっかり結界が張ってあって守られています。
安全です。
アリッサはお元気かしら。
赤ちゃんが無事に生まれてくることを祈っています。
お祝いを送りたいので、生まれたら教えてね!
私もディルの子どもを早く産みたいと思っているの。
この腕に、彼の赤ちゃんを抱きたいわ。
きっとディルも、私が赤ちゃんを産んだら、赤ちゃんに夢中になるでしょうね。
可愛がって、うんと愛してくれると思うの。
あぁ、楽しみだわ。
お兄ちゃん、お幸せにね
ニナ
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ニナもディルも、アリッサから生まれた赤ん坊が、俺の子どもではないことを、知らないのだ。
もう一度、手紙の文面に目をやる。
「きっとディルも、私が赤ちゃんを産んだら、赤ちゃんに夢中になるでしょうね。
可愛がって、うんと愛してくれると思うの。」
手紙をふせて机の上においた。
そうだよな。
ディルはきっと、赤ん坊が生まれれば、その子に夢中になるはずだ。
自分の子どもであれば、きっと何か特別な感情が湧くんだろうと思う。
俺は.......俺はといえば。
赤ん坊に対して、なんの感情も持てなかった。
可愛いとか、愛してるとか。
生まれてきた赤ん坊の顔を見れば、そういう気持ちになれるものだと思っていたけど......。
窓の外に目をやる。
木々の緑が風に揺れていた。
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【ニナ】
「ねえ、ディル。
アリッサとお兄ちゃんの子どもが生まれたら、なにをプレゼントしたら良いのかしら」
ディルは、ゴブリン相手に火の魔法の訓練をしていた。
「なんだろうなぁ。おもちゃとか?」
ゴブリンの方をみたまま、彼は私の質問に答える。
「おもちゃ?着るものが良いんじゃないかしら」
「でも着るものは好みがあるだろう」
「まだ赤ちゃんなのに、好みも何も分からないじゃない?」
「.......そういや、そうだよなぁ」
ディルは私の方を見ると、困ったようにな顔をした。
「ニナに任せるよ。出産のお祝いなんて、俺は送ったこと無い」
彼は頭をかいて首を傾げた。
(ディルの困った顔って可愛い。)
「ねぇ......ディル。
あなたは女の子がいいの?男の子が良いの?」
「女の子?男の子?」
「子どもの話よ?
ディルと私の子どものことよ!
どうしてまだ、出来ないのかしら」
私は自分のお腹をさすった。
「アリッサみたいにお腹が膨らんでくるのを楽しみにしているの」
「ニナ......」
ディルは目を見開いて驚いたような表情をしている。
彼はゴブリンにストップの合図をすると、私の方へと歩いてきた。
「本気で言ってる?」
「えぇ、だって結婚したのだもの。子どもができるはずよ」
「まいったな。
......そんな、知らないってことあるのか」
小さな声でブツブツと言っている。
「ニナ......子どもを作るには......その、なんと言ったら良いかな。
......結ばれないといけないんだ」
ディルが私の顔を覗き込んでいった。
「結ばれる?
ディルと私は、もう結ばれているはずよ」
ディルは、ものすごく困った顔をしている。
その表情が素敵で、私はうっとりと眺めてしまった。
「いつものように、どういうことだか教えて。
ディルは何でも知ってる物知りさんだものね?」
私が詰め寄ると、ディルはさらに困った顔をした。
「ニナ、よく聞くんだ。
今のままでは子どもはできるはずもない」
「えっ!?どうしてよ」




