【レン】陣痛
俺はアリッサの部屋の前を、ただウロウロするしかなかった。
部屋の中から、アリッサの悲痛な叫び声うなり声が聞こえてきていた。
「痛い!!あぁああ!!もう無理」
(これ以上、聞いていられない。
かといって、この場を離れることも出来ない。
俺は役立たずだ)
もう夜更けで、廊下の窓から満月が見えた。
(そういえば満月の夜には、産気づく女が多いと、いにしえから言われている......)
ぼんやりとそんなことを考えていると、また部屋の中から叫び声が聞こえた。
「レン!!助けて、レンを呼んで、お願い、レンを!!」
俺は思わず部屋に入ろうとしたが、入口を見張っている侍女に止められる。
「ダメです。男性は入れません。
それに身を清めてからでないと、室内に入れてはいけないと言われています」
「あぁぁあああ!!!
レンを呼んで!!彼に会いたいの......」
また室内からアリッサの悲痛な叫びが聞こえてきた。
「アリッサが呼んでるんだ。
入らせてもらいたい。
それで......身を清めるっていうのは、一体どうすればいいんだ?」
侍女と押し問答をしていると、ベテランの乳母がアリッサの部屋から出てきた。
「難産です......。私も経験したことのないような」
乳母が顔をしかめて言う。
「そんな......。アリッサを助けてくれ」
俺は乳母にすがりつく。
「......」
乳母は無言になり、俺から目を逸らした。
「頼む。アリッサを......」
俺は廊下に座り込み、乳母に頭を下げた。
「お、おやめください!!旦那さま
困ります!!」
乳母は怯えだした。
「と、とにかく......
アリッサさまが旦那様に会いたがっておられますので。
お会いになって、励ましていただければ助かります。
隣の部屋で、身を清め清潔な衣服に着替えて入室してください」
乳母はそう言うと、アリッサの部屋に戻っていった。
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「アリッサ.....!!」
俺は身を清め、ガウンのような服を身にまとうと、アリッサの部屋に大慌てで入った。
途中で、つまずいて転ぶほど慌てていた。
室内には血の匂いと生臭いような匂いが充満していた。
(拷問部屋のような気配がする......)
血の匂いと、痛みに耐え続けるときに流れるツンと鼻につく汗の匂い。
まさに拷問部屋そのものの匂いだった。
アリッサは膝を立てて、足を大きく広げ、その足の間を産婆がのぞき込んでいる。
ベッドの上は血まみれで、何枚もの布や沸かした湯が床に並べられている。
「もうだめ.......いたい、いたい!!」
アリッサが叫びながら、首を振っている。
......アリッサは、ひどい痛みに耐え続けているんだ。
あまりの恐ろしさに俺は、硬直する。
「あぁあああ!!レン.....レンは!?」
「アリッサ!!来たよ!!俺だ」
(いけない!俺がこんなに動揺していてはアリッサが可哀想じゃないか)
俺は急いで、アリッサの枕元に駆け寄る。
お産がこんな修羅場をみせるものだとは思ってもいなかった。
戦時中の戦いや殴り合い、斬りつけ合いなんて、なまやさしいものだと思えてくる。
アリッサの手をしっかりと握った。
「アリッサ......」
「レン.......とても痛いの......痛いのよ」
アリッサは、目に涙をいっぱいためていた。
俺の手をきつく握りしめてくる。
「アリッサ、俺が変わってやりたい」
彼女の額の汗をふくと頭をそっと撫でた。
アリッサの体がビクンと痙攣し、のけぞった。
「あぁああああ!!」
痛みは等間隔にくるようだった。
「これはいつまで続くのか!?」
俺は乳母に大声でたずねる。
「わ、わかりません......。
数時間かもしれませんし、数十時間かもしれない......」
「数十時間!?」
絶望した。




