【レン】
【レン】
朝つゆに濡れた芝生を踏みしめると、靴に水滴がいくつもついた。
ベルナルド家の庭園。
緑の絨毯のような芝生が広がり、噴水から吹き出す水が虹を作っている。
等間隔にならぶ庭木には、白い花やリボン、レースが飾り付けられていた。
料理を並べたテーブルがあちこちに設けられ、庭の隅では楽隊が音楽を奏でている。
屋敷の正門のほうに視線を向けると、つぎつぎと招待客の馬車が到着し始めているのが見えた。
(とうとうアリッサと結婚する日がきた)
天気に恵まれたため、婚姻の儀は庭園の中央で執り行われるということだった。
アリッサのお腹は丸々とし、彼女は動くのも大変そうな様子だった。
だが、うれしいことに彼女の体調は安定していた。
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ベルナルド家のシンボルツリー。
樹齢500年を超える巨木の下で、俺とアリッサは向き合っていた。
神官が祝福を与えてくれ、俺たちは手を取り合って祈りを捧げた。
俺は炎に焼かれて一度は死んだ。
でも成し遂げるべき「何か」がまだ残っていて、生きながらえることができたんだ。
今後は、アリッサと生まれてくる子どもを守って、精一杯生きていく。
アリッサの茶色くて透き通った瞳をみつめる。
彼女も俺のことを見つめ返した。
「レン......愛してるわ」
アリッサが小さな声で囁いた。
「俺も愛してる」
遠くで鐘の音が響いた。
カノンの街でも、俺たちの結婚を記念して催事が開かれているらしい。
幸せな祝福ムードが広がっていた。
アリッサと俺は手をつないで、シンボルツリーの前から一歩下がり、背後を振り返る。
俺たちを見守っていた招待客たちが、ざわざわとし始めた。
「あのお二人は一体?」
「女性のほうは火の魔法使いトマス・ウォーカーさまのご令嬢では?」
ざわめく招待客たちに説明しようと、パトリック・ベルナルドが立ち上がった。
「私の一人娘アリッサとレン・ウォーカーの婚姻の儀とともに、本日もう一組が婚姻の儀をあげる運びとなりました」
「そうなのか」
「めでたいな!」
招待客は口々に祝福を述べ、拍手をした。
ディルとニナが、二人......ぴったりと寄り添って現れた。
ふたりとも綺麗に着飾って、緊張した面持ちをしている。
ディルとニナは、シンボルツリーの根元に立つと、神官の祝福に頭を下げた。
「ニナ.....とても綺麗だわ、幸せそう」
アリッサが俺の隣で微笑んだ。
「そうだな......こんな日が来るなんて、夢にも思わなかった」
アリッサの指に、そっと自分の指を絡ませる。
アリッサと俺......それにディルとニナ。
二組は無事に婚姻の儀を終えた。
その後は、日が暮れるまでパーティが続いた。
幸せな一日だった。
こんなに幸せになって良いのかと思うほどだった。
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婚姻の儀が終わり、2日後......父のトマス・ウォーカーがアスラルへの帰路につくこととなった。
「父上.......お気をつけて」
「分かっている」
父は俺をしっかりと抱きしめると、背中を叩いた。
「お父様!!!」
ニナが泣きながら父親に抱きつく。
「ハハハ、ニナ。そんなに泣いたら、離れがたい」
父はニナをそっと抱きしめると、頭をなでた。
その日、ニナとディルも闇の森へと旅立つことになっていた。
「レン......いろいろあったけど、お前に出会えてよかったよ」
ディルは俺の肩を叩くとそう言った。
「俺もだ。ディルがいなかったら、きっと何もかも、うまくいかなかった」
「困ったことがあったら、火の魔法使いである、俺をいつでも頼れ」
ディルは胸を張って、得意げに言うと俺にウィンクしてみせた。
「頼りにしてる。闇の森の屋敷まで、馬を飛ばせば1日でつく。
また、遊びに行かせてもらう」
「そうよ。またいつでも会えるわ」
アリッサも、うなずく。
ニナとディルは、馬車に乗った。
ニナは馬車から顔を出して、ずっとこちらを見ていた。
その顔は明るく、幸せに満ちていた。
みんなが、それぞれの道へと旅立っていったのだった。
賑やかだったベルナルドの屋敷も静まり返る。
「なんだか、寂しくなるわね」
アリッサは優しい笑顔を浮かべながら俺を見上げた。
「そうだな。でもアリッサと二人きりだ!」
俺はアリッサを後ろからそっと抱きしめた。
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その2日後。
アリッサが産気づいた。
「しゅ、出血がひどいです」
赤子を何人も取り上げた経験のある乳母が慌てふためいて、廊下を走る。
俺には祈ることしか出来なかった。




